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2025/03/24

コーヒーブレイクストーリー::売るという選択::

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コーヒーブレイクストーリー::売るという選択::
「ウチの技術は、まだまだ戦えるんだよ」  社長の村山は、やや声を荒げてそう言った。  M&A仲介会社の若い担当が、事業譲渡の選択肢を提示した時のことだった。  創業38年。試作品の開発と少ロット生産に特化した小さな町工場。今も依頼は絶えない。 だが、社員の大半が50代。息子は事業に関わらず、後継者もいない。  「別に今すぐ売る必要はない」  それが村山の口癖だった。  だが、ここ数年で取引先は変わり、条件も厳しくなった。銀行の態度も微妙に冷たくなってきた。決算書の数字に、じわじわと“限界”がにじむ。  先月、村山は初めて胃カメラを受けた。結果は「ストレス性胃炎」。医者は、「年齢の割に、頑張りすぎですね」と言った。  夜、自宅の食卓で妻が口を開いた。  「最近、なんのために働いてるのかわからないって顔してるよ」  「そんなことない」  即答したが、自分でも嘘だと思った。  その夜、息子からLINEが届いた。  「そろそろ、こっちで一緒に暮らさない? 子どもも会いたがってる」  スマホを握ったまま、村山は居間の天井を見上げた。目の前に浮かぶのは、削り機の音、油の匂い、汗だくの職人たちの笑顔。  次の日、M&A仲介会社のオフィスを訪れた。若い担当が、少し驚いた顔で立ち上がった。  「お時間ありがとうございます。……ご決断、されたんですか?」  村山は軽く頷いた。  「会社は、誰かに継がせたい。でもな……“売る”って言葉が、ずっと引っかかってたんだよ」  「ええ」  「でも昨日、ふと思った。“売る”って、“終わり”じゃなくて、“次に託す”ってことなのかもしれないな」  若い担当は、深く頷いた。村山の表情には、迷いの中にほんの少しの清々しさがにじんでいた。  ――会社を手放す覚悟とは、人生の続きを考える覚悟でもある。
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