M&Aで事業や株式を譲渡した場合、税金を納めなければなりません。また、M&Aにおける税金は個人と法人でかかる税金が異なります。
この記事では、M&Aにおける税金について、個人と法人でどのように違うか、そして株式譲渡・事業譲渡・組織再編といったスキームごとの税金の違いを解説します。また、節税に役立つM&Aの税金対策も紹介します。
M&Aにおける税金【基礎知識】
M&Aにおける税金がどうなるか知りたい時は、「M&Aを行うのが個人か法人か」「M&Aの手法(スキーム)は何か」の2点を考えるのが基本です。個人にかかる税金は所得税や住民税となります。法人の場合は法人税がかかります。
スキームについては、「株式譲渡」「事業譲渡」「組織再編(合併や会社分割など)」の3つに分類して考えていきます。株式譲渡は譲渡企業の株式、事業譲渡は設備や店舗などの事業資産と、譲渡の対象が違うためかかる税金も違ってきます。また、組織再編は「適格要件」を満たすかどうかで税金が変わるので、適格要件について理解しておかなければなりません。
個人における所得と税金
個人がM&Aで株式や事業資産の売却益を得た場合、所得税を納税することになります。
所得は「事業所得」「譲渡所得」など10種類に分類されていて、所得の種類によって課税方法が「総合課税」「源泉分離課税」「申告分離課税」の3種類に分かれます。
【課税方法の種類】
種類 | 方法 |
---|---|
総合課税 | 他の所得と合算して累進課税で計算 |
源泉分離課税 | 総合課税に含めず源泉徴収で納税 |
申告分離課税 | 総合課税に含めず独自の税率で個別に計算 |
【所得の種類と課税方法】
所得の種類 | 課税方法 |
---|---|
利子所得 | ・利子の種類によって「総合課税・源泉分離課税・申告分離課税」に分かれる |
配当所得 | ・原則として総合課税 ・上場株式の配当は申告分離課税も可 |
不動産所得 | 総合課税 |
事業所得 | ・原則として総合課税 ・株式の譲渡による事業所得は申告分離課税 |
給与所得 | 総合課税 |
退職所得 | 源泉分離課税 |
山林所得 | 申告分離課税 |
譲渡所得 | ・原則として総合課税 ・土地・建物・株式の譲渡所得は申告分離課税 |
一時所得 | ・原則として総合課税 ・源泉分離課税のものも一部あり |
雑所得 | ・原則として総合課税 ・株式の譲渡による雑所得は申告分離課税 ・源泉分離課税のものも一部あり |
法人における所得と税金
法人がM&Aで利益を得た場合は、他の営業活動などで得た利益と合算して法人税を計算します。そのため、もしM&Aで利益を得たとしても、事業が赤字で通算するとマイナスになる場合は税金はかからないことになります。
法人にかかる税金は「法人税」「地方法人税」「法人住民税」「事業税」「特別法人事業税」の5つがあり、これらの合計として実際に払う税率を「実効税率」といいます。
実効税率は、それぞれの税率を単純に足し合わせたものではないため注意しておきましょう。事業税と特別法人事業税は損金算入されるため、損金算入による減税効果を考慮した式によって求められます。具体的な実効税率は資本金や所得額、属している自治体によって違ってきますが、おおむね30%程度となります。
株式譲渡における税金
株式譲渡における税金は、譲渡側が個人の場合は株式の譲渡所得に対して、所得税が15%、住民税は5%、復興特別所得税は0.315%が税金として課せられるので、合計で20.315%となります。
法人の場合は株式の譲渡益と他の利益・損失(正確には益金と損金)を通算して法人税を求めます。
譲渡企業の株主 | 税金の種類 | 税金の計算方法 |
---|---|---|
個人 | 所得税・住民税・復興特別所得税 | 株式売却による譲渡所得×20.315% |
法人 | 法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税・特別法人事業税 | (株式売却による課税所得と他の益金・損金の合計)×実効税率 |
参考:「国税庁(No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」
株式譲渡とは
株式譲渡とは、譲渡企業の株式の過半数を譲受企業へ売却するM&A手法です。過半数の株式(正確には議決権)を持つと、譲渡企業の取締役の選任・解任を譲受企業の意思で行えるので、譲渡企業の経営権を取得したことになります。
しかし、たとえ株式を譲渡したとしても、それが過半数に満たない場合は株式譲渡とはいいません。半数以下の株式を取得したうえで、譲渡企業と譲受企業が協力して事業を行う行為は「資本提携」といいます。
株式譲渡では、譲渡企業の株主が得る売却益が税金の対象となります。一方、譲受企業は対価を払って株式を取得する立場なので、税金の支払いは発生しません。譲渡企業も、自己株式を売却した時以外は税金は発生しないことになります。
参考:国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」
個人の場合にかかる税金
株主が経営者1人だけのオーナー企業や、経営者とその親族などが株主である同族企業の株式譲渡では、譲渡企業の株主は個人になります。譲渡企業の株主が個人の場合は、売却した株式の譲渡所得に対して所得税と住民税がかかります。
ここでの譲渡所得とは、株式の売却金額から、株式の取得額と譲渡にかかった経費を差し引いたものです。株式の譲渡所得は申告分離課税で、他の所得と合算せずに税額を求めます。税率は所得税が15%、住民税が5%、復興特別所得税が0.315%で、所得額によらず税率は一定です。
法人の場合にかかる税金
親会社が子会社の株式を譲渡するようなケースでは、株主は法人になります。法人の場合は、株式の売却益を他の営業活動などによって得た利益・損失と通算して、トータルの利益に対して法人税がかかります。
【法人の株主にかかる税金と税率】
税の種類 | 税率 |
---|---|
法人税 | 原則として23.2%。ただし、資本金の少ない会社や公益法人などは少し低くなる。 |
地方法人税 | 10.3% |
法人住民税 | 自治体によって違う。資本金の額などによって変わる。
東京都(23区内)の場合 |
法人事業税 | 資本金や業種によって変わる。 資本割、所得割、付加価値割などの種類がある。 |
特別法人事業税 | 自治体によって違う |
参考:
国税庁「No.5759 法人税の税率」
国税庁「地方法人税の税率の改正のお知らせ」
東京都主税局「法人事業税・法人都民税」
東京都主税局「均等割額の計算に関する明細書(第6号様式別表4の3)記載の手引令」
総務省「法人事業税」
事業譲渡における税金
事業譲渡では、設備や店舗などの資産を売却した売却益に対して税金がかかります。個人の場合は所得税や住民税、法人なら法人税がかかる点は株式譲渡と同じですが、売却する対象が違うため税金の計算方法も変わってきます。
売却する事業資産の中に消費税の課税資産がある場合は、譲受側が消費税を納める必要があるのも重要です。
税金の種類 | 税金の計算方法 | |
---|---|---|
譲渡側が個人の場合 | 所得税・住民税・復興特別所得税 | 譲渡資産の種類による |
譲渡側が法人の場合 | 法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税・特別法人事業税 | (事業資産の譲渡益と他の益金・損金の合計)×実効税率 |
譲受側 | 消費税 | 課税資産の譲受価額×10% |
事業譲渡とは
事業譲渡とは、事業を営むために必要な店舗・工場・設備・在庫・人材などを譲受企業に売却し、事業を譲渡企業から譲受企業に引き継ぐことです。事業を引き継ぐことが目的なので、単に在庫などを売却するだけの行為は事業譲渡とは呼びません。
事業譲渡は事業資産の売却であり、株式は売却しないのが特徴です。譲渡企業の株主は変化せず、株式譲渡のように譲渡企業が譲受企業の子会社にはなりません。
事業譲渡には、譲渡企業が営んでいる全事業を譲渡する「全部譲渡」と、一部の事業だけを譲渡する「一部譲渡」があり、その違いを理解しておくことが大切です。
全部譲渡時の場合にかかる税金
事業譲渡において、すべての事業を売却する場合を全部譲渡と言います。事業譲渡時の売却代金は売り手企業が受け取るため、売却によって得た利益に対し、売り手企業に法人税が課税されます。売却金額のうち、譲り渡す事業資産と負債の差額を越えた範囲が売却益として課税の対象となります。
また、法人税以外に地方法人税、法人住民税、事業税も課され、これら全てを合わせて実行税率として合算すると、売却利益の約30%となります。
さらに気を付けたいこととして、事業譲渡では売却企業に対して消費税が課税されます。消費税は、事業の売却代金から消費税対象外の資産(土地など)を差し引いた額に消費税率を掛けた金額となります。仮に事業の売却代金を10億円とし、消費税の非課税財産が1億円とすると、9億円の10%、すなわち9,000万円が消費税として課税されることになります。資金計画を立てる際にはこれを理解しておくことが必要です。
次に在庫などの棚卸資産ですが、売却代金を事前に決定することができないため、事業譲渡日の棚卸の結果によって、法人税も消費税も変わってきます。このことから決算の期首に事業譲渡を実施することで、決算までの時間を多く作る事も一つの対応策としておすすめします。
一部譲渡時の場合にかかる税金
事業譲渡では、一部の事業を残し、それ以外の事業を売却する一部譲渡が可能です。
例えば、オーナー経営者が高齢のため現在の事業規模の継続が難しいといった場合、事業の一部譲渡が有効です。後継者がいない場合には、ご自身で継続可能な事業のみを会社に残し、その他の事業を売却することが可能です。また、後継者がいる場合でも、能力面や時間的な問題などで全ての事業を承継することが難しいといった場合に、事業の一部譲渡が行われます。
一部譲渡においても全部譲渡に準じて、法人税、地方法人税、法人住民税、事業税、消費税が課税されます。
一部譲渡時を行い、残りの事業を承継した場合は相続税がかかります。気を付けなければならないのは、残りの事業を承継した場合に業種が変わってしまうと、自社株式の相続税評価が大きく変わってしまうことがあります。取引相場の無い株式の場合、承継時の自社株評価は「純資産価額方式」あるいは「類似業種比率方式」で算出されます。
一般的に類似業種比率方式の方が低く算出されます。しかし、この方式は同様の事業を経営する上場会社の株価を参考にする評価方法の為、事業の一部譲渡によって業種が変わってしまうと税務署に否認される可能性があります。
また、事業譲渡代金を役員報酬で受け取る場合、業務実態に合わない報酬として税務署に否認されることがある点も注意が必要です。
組織再編における税金
ここでは、合併や会社分割などの組織再編における税金を解説します。
組織再編とは
組織再編とは、会社法で定められている「合併」「会社分割」「株式交換」「株式移転」「株式交付」の総称です。
組織再編は、組織の効率化やコスト削減、資本力や競争力強化など、さまざまな目的で行われます。組織再編は主にグループ企業間で行われますが、グループ企業同士でなくても行うことは可能です。
税制適格要件を満たしていれば課税されない
組織再編で資産を譲渡した時、譲渡益に課税されると組織再編が行いにくくなるため、「適格要件」という一定の要件を満たせば税金がかからない制度が設けられています。
株式譲渡や事業譲渡では資産は時価で譲渡され、簿価との差額に税金がかかります。一方、適格要件を満たす組織再編は資産を簿価で譲渡できるので、差額が発生せず税金がかからない仕組みです。
適格要件を満たさない組織再編では通常通り時価で譲渡され、簿価との差額に税金がかかります。
税制適格の要件一覧
税制適格の要件は、組織再編を行う2つの会社が「完全支配関係」「支配関係」「支配関係なし」のどれに該当するかによって変わります。ここで、完全支配関係とは親会社が子会社の全株式を保有する関係、支配関係とは親会社が子会社株式を50%超100%未満保有している関係です。
税制適格の要件一覧は下の表のとおりです。支配関係が強いほど必要な要件が少なくなります。
要件 | 完全支配関係 | 支配関係 | 支配関係なし |
---|---|---|---|
再編後も支配関係が継続する | 必要 | 必要 | |
対価は株式のみで金銭などの交付はない | 必要 | 必要 | 必要 |
従業員のおおむね80%以上が再編後も同じ業務に引き継がれる | 必要 | 必要 | |
移転された事業が再編後も引き続き営まれる | 必要 | 必要 | |
再編する2つの会社が営む事業に関連性がある | 必要 | ||
次の2つのうちどちらかを満たす
①再編する2つの会社の事業規模の差がおおむね5倍以内である ②再編する2つの会社の社長や副社長など(特定役員)のいずれかが再編後も引き続き特定役員となる |
必要 | ||
再編される会社の株主の80%以上が、再編の対価として得た株式を継続保有する | 必要 |
参考:財務省「組織再編税制に関する資料」
M&Aにおける税金対策
M&Aは買収金額が大きく税金も高額になることが多いので、効果的な税金対策が重要になります。税金対策としては、株式譲渡の対価の一部を退職金にする、第三者割当増資で経営権を譲渡する、買収ニーズの高い資産だけを譲渡して譲渡益を低くするといった方法が考えられます。
退職金を活用した株式譲渡
株式譲渡において、譲渡企業の株主が譲渡企業の社長や役員である時は、対価の一部を退職金扱いにすることで節税できる場合があります。
退職金の税金は他の所得税より優遇されているので、株式の譲渡益にかかる税率20.315%より低くなることがあるのが節税できる理由です。ただし、退職金の税率は累進課税なので、退職金の額が大きくなりすぎると、かえって損をすることもあるので注意しなければなりません。
また、退職金は損金算入できるので、譲受企業にとっても節税効果があります。
第三者割当増資を行う
第三者割当増資とは、新株を発行して特定の者に取得してもらうことです。新株の取得によって譲受企業が過半数の議決権を持てば、既存の株式を譲渡しなくても経営権の譲渡ができます。
第三者割当増資では、譲受企業が払った対価は譲渡企業の資本金になるので、譲渡企業の株主は税金がかかりません。ただし、譲渡企業の株主はそもそも株式を譲渡していないので、譲渡益は受けられません。
買収ニーズが高い資産の売却
譲受企業側の買収ニーズが高い資産だけを選んで売却することで、節税できる場合があります。例えば、事業譲渡で買収ニーズの高い資産だけを譲渡すれば、ニーズの低い資産を譲渡しない分だけ譲渡益が下がり、結果として税金も少なくなります。株式譲渡の場合でも、ニーズの低い資産をあらかじめ処分して、株式の価値を下げてから譲渡すれば、譲渡所得が減るので節税になります。
まとめ
M&Aの税金は個人なら所得税、法人なら法人税がかかり、個人の株式譲渡は申告分離課税になります。また、所得税の対象となる所得は10種類あるので、個人の事業譲渡では譲渡益がどの所得に該当するかが重要になります。法人の場合は、株式譲渡・事業譲渡ともに、売却益を他の利益・損失と通算して法人税を計算します。
組織再編は適格要件を満たせば税金がかからないのが特徴で、支配関係の強さによって必要な要件が変わります。税金対策としては、退職金の活用、第三者割当増資による株式譲渡、ニーズの高い資産に絞った譲渡などの方法があることを覚えておきましょう。
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