ロックアップ(Lock up)とは、株式の新規公開の際に上場日から一定期間にわたって、創業者やベンチャーキャピタルなどの大株主が、市場で持ち株を売却しない旨を契約する制度です。公開直後の株価下落を防ぐ目的で実施されます。
M&Aを実施したあと、事業が傾いてしまわないか、不安を抱える経営者も多いでしょう。実施後の経営を安定させるためにはロックアップが重要です。
今回はロックアップの目的やメリット・デメリットを中心に解説します。
M&Aにおけるロックアップとは?
まずは、M&Aにおけるロックアップの概要や期間の目安などについて解説します。
ロックアップの概要
ロックアップ(Lock up)は、鍵をかけるという意味を持つ金融用語ですが、M&A(他社を買収・合併する戦略)でも使われる用語です。
M&Aにおけるロックアップはキーマン条項(Keyman Clause)と呼ばれており、事業の継続に欠かせないキーマンを売り手企業に残すことを定めた項目を指します。
ここでいうキーマンとは、売り手企業の経営者や役員などの主要人物です。
ロックアップの期間は2~3年
M&Aにおけるロックアップの期間は一般的に2~3年といわれています。設定された期間で売り手企業のキーマンに業務を引き継いでもらう流れです。
事業規模が大きい場合は、引継ぎに要する時間も増えるため、設定される期間が長くなることがあります。期間が短いと引継ぎが不十分になったり、期間が長いとキーマンが不満を持ったりするリスクがあります。
ロックアップの期間はM&Aの成否に影響するため、買い手企業と売り手企業の間で慎重に交渉して決めることが重要です。
M&Aにおけるロックアップの目的
ここまでの説明でM&Aにおけるロックアップの意味がおわかりいただけたでしょう。引き続き、M&Aにおけるロックアップの目的を解説します。
M&A直後でも経営を安定的にするため
人事専門コンサルティングファームのクレイア・コンサルティングの調査では、M&Aの発表を聞いて転職を考える人の割合が42%であったことがわかっています。
M&A後に適切な対策を打たないと、人材が流出して経営が不安定になる恐れがあります。
ロックアップを実施しておけば、キーマンの求心力によって既存社員が会社を離職するリスクを減らせるでしょう。
参考:被買収企業、M&A の発表を聞いて転職を考える人は 4 割以上(クレイア・コンサルティング)
会社の知識や情報を正確に引き継ぐため
M&A成立後にはPMI(Post Merger Integration)という経営統合プロセスがあります。主に、経営体制や業務オペレーション、ITシステムなどを統合する流れです。
経営状況や業務、システムに詳しい社員が残らなければ、事業の継続に支障をきたしてしまうでしょう。
その点、買い手企業はロックアップによってキーマンを残すことで、売り手企業から経営統合に必要な知識や情報を正確に引き継ぐことができます。
M&Aにおけるロックアップのメリット
ロックアップの目的がわかり、具体的なメリットまで気になってきた方もいるでしょう。ロックアップのメリットは買い手企業と売り手企業の立場によって異なります。
売り手企業は売却価格を高められる
キーマンが売却後の経営をサポートすることで、M&A直後の経営不振を防ぎやすくなり、企業価値を高められます。
したがって、売り手企業としてロックアップをしたほうが、相場よりも売却価格を高められる可能性があります。なお、ロックアップの期間が長くなるほどさらに売却額が高まる傾向です。
買い手企業はすぐに安定した事業をスタートできる
M&Aで買収された企業は、社内の雰囲気が悪化したり、優秀な社員が流出したり、心身に不調をきたす人が増えたりします。その点、社員の事情を深く知る売り手企業のキーマンが残ることで、それぞれの課題に対処しやすくなります。
また、再編後の事業で不明点が生じたときも、キーマンがいれば知識を共有できます。ロックアップを実施すれば、買い手企業はすぐに安定した事業をスタートしやすくなるでしょう。
M&Aにおけるロックアップのデメリット
ロックアップにはメリットだけでなくデメリットもあります。引き続き、売り手企業と買い手企業に分けてロックアップのデメリットを解説します。
売り手企業は新事業をすぐスタートできない
ロックアップをすると、経営者や役員などのキーマンを買い手企業に残さなければならないため、契約で定められた期間は新たな事業を開始できません。
新規事業はスピードが肝心です。市場への参入が遅れると、競争が激化してシェアを獲得しづらくなります。状況によっては参入のタイミングを逃してしまい、事業の計画が破綻することも少なくありません。
売却価格が低くなっても、ロックアップの期間が短い買い手企業に会社を売却する売り手もいます。次のチャレンジが明確になっている経営者には、ロックアップが足枷となってしまうことは理解しておきましょう。
キーマンが協力的とは限らない
ロックアップによってキーマンを残したとしても、キーマンの心までは制限できません。
売り手企業は売却益を獲得できるため、M&A後に業績が悪化しても損害を受けず、経営の安定化に本気で取り組んでもらえない恐れがあります。
見かけ上では協力的に見える場合であっても、最終的に業績が悪化してしまうかもしれません。ロックアップが形骸的にならないよう、キーマンのモチベーションを高める工夫が重要です。
M&Aにおけるロックアップで役立つ「アーンアウト条項」
ロックアップにはデメリットがありましたが、アーンアウト条項を取り決めることで解消できる場合があります。アーンアウト条項の概要と効果を解説します。
アーンアウト条項の概要
アーンアウト条項とは、M&Aを実行してから一定期間において、事業で特定の目標を達成したとき、買い手企業が売り手企業に対価を支払う取り決めです。実務で指標とされる財務指標は、純利益や売上高、営業利益などが挙げられます。
基本的には、買い手企業がM&Aのリスクを減らすために設ける条項です。大企業が発展途上のベンチャー企業を買収するときに設定されやすくなっています。
M&Aを実施してから長期間が経過すると、交渉時点では想定していなかったトラブルが発生する恐れもあるため、評価期間は適度に短く設定される傾向です。
目安としては3年以内が妥当だといわれています。
アーンアウト条項の効果
アーンアウト条項を設定することで、買収対価を一括で支払う必要がなくなり、一部の対価を買収後の目標達成と連動させられます。
キーマンは、目標を達成しないと報酬が減ってしまうため、経営の安定化に本気で取り組まなければなりません。
アーンアウト条項を設定しておけば、M&A後の業績悪化を防ぎやすくなるでしょう。
ただ、売り手企業が業績を大幅に上昇させるケースもあります。買収金額が高くなる可能性についても想定しておきましょう。
M&Aにおけるロックアップの注意点
M&Aにおけるロックアップの注意点を解説します。
キーマンが働けなくなることがある
M&Aにおいてロックアップ条項を定めれば、キーマンに経営をサポートしてもらえます。また、アーンアウト条項によってインセンティブを設定すればモチベーションも保てます。
しかし、キーマンが交通事故や病気などで働けなくなることもあります。高齢者が多い職場であれば、さらにリスクは高まるでしょう。万が一キーマンが働けなくなった場合の取り決めについても、両者ですり合わせておくと安心です。
M&Aが破断になればキーマンに不信感が残る
M&Aを実施する前に会社のキーマンを買い手企業の役員と会わせる必要があります。自社が売却に向けて動いていることをキーマンが知ることになります。
もし売却に失敗すればキーマンに会社の将来性に対する不信感だけが残ります。会社の将来性を危惧して退職してしまえば、事業に大きな損害が発生してしまうでしょう。
M&Aでロックアップ条項の設定を検討するときは、不用意にキーマンを買い手企業と面談させるのは避けたほうが無難です。
M&Aにおけるロックアップに関する口コミ
M&Aにおけるロックアップが行われると、キーマンの働き方がどのように変わるのか、イメージが湧きづらい方もいるでしょう。
M&Aにおけるロックアップに関する口コミをご紹介します。
口コミ1.指示を受ける立場になるのが複雑
売り手企業のキーマンは指示を出す立場から、指示を受ける立場に変化してしまい、モチベーションが下がってしまうようです。また、自分の部下がほかの社員から指示を受けるのを見かけると複雑な思いになってしまうようです。
口コミ2.会社を改革する難しさに気づいて退任を決意
ロックアップ期間中、初めはモチベーションを維持できていた方でも、会社の改革が難しいことがわかると、熱意が薄れてしまうことがあるようです。
このような点をふまえると、インセンティブだけではキーマンのモチベーションを保てない可能性があるとわかります。キーマンの悩みを関係者がケアできる体制を整えておきましょう。
まとめ
今回はM&Aにおけるロックアップについて解説しました。
M&Aにおけるロックアップは、売り手企業が買い手企業にキーマンを残すことを約束する取り決めです。買い手企業はM&A後の事業を安定させやすくなり、売り手企業は売却価格を高めやすくなります。
ただ、キーマンのモチベーションが下がってしまうと、事業の継続に支障をきたしかねません。アーンアウト条項を設定したり、キーマンの悩みをケアしたりすることが大切です。
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