近年、M&Aに関心を持つ企業が増えてきています。M&Aの中に、クロスボーダーM&Aと呼ばれるものがあります。クロスボーダーM&Aとは何でしょうか。どのような手法やメリットがあり、どういった手順で進められるのでしょうか。この記事で、実例も紹介しながら解説していきます。
クロスボーダーM&Aとは?
まずはクロスボーダーM&Aという言葉の定義を確認し、その仕組みについて理解しましょう。
クロスボーダーM&Aの定義
クロスボーダー(Cross-border)には、「越境」「国境を越える」といった意味があります。国際間取引のことをクロスボーダー取引と呼びます。つまり、クロスボーダーM&Aとは国境を越えて実行されるM&Aのことで、M&Aの当事者(譲渡企業・譲受企業)のうち一方が外国企業となります。
クロスボーダーM&Aの種類を見ていきましょう。
国内企業どうしのM&Aは、インイン(IN-IN)取引と呼ばれることがあります。一方で、国内企業が外国企業を買収するようなM&Aはインアウト(IN-OUT)取引といいます。また、国内企業が外国企業に買収される、つまり外国企業が国内企業を買収する場合は、アウトイン(OUT-IN)取引です。
日本企業と外国企業のどちらが買収する側になるかによって、呼び方が変わります。
クロスボーダーM&Aの仕組み
国内企業どうしのM&Aであるインイン取引では、株式譲渡などが一般的です。しかしクロスボーダーM&Aでは、特徴的な手法があります。それは、三角合併やLBOです。
三角合併とはどのようなメソッドなのでしょうか。たとえば、ある会社Aには子会社Bがあり、子会社Bは親会社であるAの株式を保有しているとします。このとき、親会社Aの株式を対価に、子会社BがC社を吸収合併する。これが三角合併の流れです。親会社A、子会社B、そして譲渡会社Cの3社が関わっているためにこの名前がつけられています。
三角合併は、アウトイン取引の際によく用いられます。親会社の国籍が問われないため、外国企業が日本国内に子会社を設立し、その子会社が日本企業を買収する、という形で利用することができるためです。
LBOとはレバレッジド・バイアウト(Levaraged Buyout)を表し、海外の大型案件でよく用いられます。これは、買収側企業が売却側企業の資産やキャッシュフローを担保として、金融機関から資金を借り入れ、それを元手にM&Aを行うという仕組みです。買収側の企業に十分な自己資金がなくても大型の案件を進めることができるのがLBOのポイントです。ただし、M&A後に業績が思うように伸びなかった場合などに多額の借金が残る可能性もあり、注意が必要です。
クロスボーダーM&Aのメリット・デメリット
クロスボーダーM&Aにはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
クロスボーダーM&Aのメリット
クロスボーダーM&Aは通常、海外展開を目的に行われます。海外に展開することで、市場の拡大、費用の削減による経営の効率化、新たな技術を活用した製品開発など、様々な形による成長が思い描けるのです。
たとえば市場の拡大について考えてみましょう。日本国内の市場は将来的な人口の減少により今後縮小が続くとして、危機感を抱いている企業は多く存在します。そうした企業の中には、新興国など勢いのある地域に進出することで顧客基盤を拡大するため、海外展開を検討する企業もあります。このような場合、海外企業を買収することで海外展開をスムーズに進めることができます。進出したい地域ですでに事業を行っている企業を買収すれば、顧客や人材、その地域固有のノウハウなどを獲得しやすいためです。もちろん、反対に日本への進出を目指す外国企業もあり、その場合は日本企業とのM&Aを検討するでしょう。
また、コスト削減による経営の効率化を見込んでインアウト取引を行う企業もあります。すでに外国の消費者に向けて製品を輸出している場合、現地での生産に切り替えることでより安価に製品を届けることができるようになるでしょう。一方で、日本よりも人件費が低くて原材料が手に入りやすい国で製造を行えば、競争力の高い価格設定ができます。より効率のよい製造ラインを確立するため、進出したい地域の近郊で現地の企業を買収するようなケースもあるのです。ほかに、国によって法律や税制面での条件が異なるため、規制対策や税金対策のために海外へ進出するケースもあります。多くの利益を出している企業が法人税の低い国や地域への展開を検討する事例なども珍しくありません。
このように国境を越えたM&Aには多くのメリットがあり、企業によって様々な理由でクロスボーダーM&Aが行われています。
クロスボーダーM&Aのデメリット
クロスボーダーM&Aにはメリットばかりでなく、十分に注意する必要があります。
M&Aにつきものの障壁と言えば、経営統合が想定通りに進まない、というケースです。日本企業どうしであってもこれは大きな課題として認識されていますが、そもそもの文化的背景が異なる海外企業とのM&Aであれば、さらに困難となる可能性は高いでしょう。しっかりと統合計画を策定しておかなければ、思い描いていたシナジー効果を生み出せず負債ばかりが残ることも考えられるので注意が必要です。
また、政治の不安定な地域や治安のよくない地域に進出する場合、突然の法律の変更や警備等に伴う想定外の出費など、様々な事案が発生するかもしれません。現地で生じるリスクの中には、日本では到底考えられないようなものもあります。
クロスボーダーM&Aを行う際は、メリットばかりではなくデメリットにも目を向けた上で、客観的な判断の下に計画を進めていきましょう。
クロスボーダーM&Aが成功する手順
クロスボーダーM&Aの大まかな流れは、国内企業どうしのM&Aと大きく違いがあるわけではありません。成功のためにはどのような手順で進めたらいいのかを見てみましょう。
クロスボーダーM&Aの流れと手順
1.クロスボーダーM&Aの検討と情報収集を行う
まずは、検討段階です。M&Aにあたって重要なのは、何を達成したいのかという目的を明確にすることです。自社の経営戦略の中でM&Aがどのように成長に寄与するのか、海外企業との提携から得られる効果など、できるだけ具体的に考えてみましょう。上述のメリットやデメリットも踏まえた上で、中長期的なビジョンを持つ必要があります。
クロスボーダーM&Aの実施を具体的に進める方向で動き出す場合、しっかりと情報収集することが成功のポイントです。国内でも他業界の状況や他社の内部事情はわかりにくいものですが、海外となるとなおさら正確な情報を手に入れるには苦労がつきものです。早い段階で現地の専門家や弁護士などとのコネクションを構築し、現地特有の法律や政治・経済の動向、市場の様子など、広範囲に情報を収集しましょう。
2.信頼できるM&A仲介会社を選定し、契約する
クロスボーダーM&Aを成功させるポイントの1つが、信頼できるM&Aの仲介会社と契約することです。
M&A仲介会社の中には、海外の特定の地域で事業を展開していたり世界にネットワークを持っていたりするなど、グローバルな案件に強みを持った会社があります。海外進出のためにクロスボーダーM&Aを狙う場合は、そのように仲介会社に相談するのが近道です。海外の案件に知見のある仲介会社の支援を得ることで、よりスムーズにM&Aを進めることが期待できます。
3.買収候補先の選定する
買収先候補の選定は、綿密な調査や検討が必要で時間のかかるプロセスですが、M&Aの成功を左右しています。まずは少しでも気になる企業があればどんどんリストアップしていき、仲介会社の担当者に相談しながら自社の希望に近い候補を数社に絞り込んでいきましょう。相手先企業の業績やビジョン、強みなどを調査し、より自社の戦略に合致しそうな企業を選んでいくのです。
進出したい国が決まっていればその国で事業を営む企業から選定することになりますが、進出先を決め切れていない場合などは、仲介会社のアドバイスも得ながら検討しましょう。最終的には1社と契約することになるものの、検討段階ではより多くの企業を見てみることも大切です。
4.面談、方法の検討、デューデリジェンス
候補先企業が決まったら、相手企業との交渉を進めていきます。
クロスボーダーM&Aでは物理的な距離があり、また場合によっては言語の障壁もあるため、円滑なコミュニケーションを行うためには工夫が必要です。初期段階では、効率的に進めるためにオンラインツールの活用も積極的に行うのがおすすめですが、現地に足を運び、実際の様子を自身の目で見ることも大切です。M&Aのプロセスに合わせ、どのタイミングで現地を訪れるかといったスケジュールの調整もするようにしましょう。
また、並行してデューデリジェンスを行います。デューデリジェンスとは、候補企業の価値やリスク等を評価するための企業調査です。外国企業を対象にすることからも、デューデリジェンスには細心の注意が求められます。財務だけでなく、法務や事業デューデリジェンスも実施するとよいでしょう。
5.契約を行う
交渉がうまく進み条件に合意ができたら、いよいよ契約を締結します。契約の締結によりM&Aの内容に効力が生じるというのは、国内企業どうしのM&Aの場合と変わりません。
契約書は英語で作成されるのが一般的ですが、現地の言語を使用する場合もあります。また、日本だけでなく現地の国や地域の法律にも反しない内容でなければならず、複数の国が関わる分だけ煩雑になります。けれど契約の内容を事後的に変更するのは容易ではないため、締結時までに念入りに契約書やその他合意事項の確認を行いましょう。
クロスボーダーM&Aの実例
クロスボーダーM&Aには大型案件も多く、メディアで取り上げられ話題になっているのを聞いたことのある人も多いでしょう。実際にクロスボーダーM&Aが行われた例をいくつか見てみましょう。
楽天株式会社
楽天は一般の消費者向けサービスを広範囲に展開しているため、利用したことがあるという人も多いのではないでしょうか。日本では誰もが知る会社ですが、1997年創業の楽天はM&Aにより大きくなってきた歴史があります。
楽天グループが初めて海外に進出したのは、アメリカのLinkShare社を買収したことによるものでした。買収額は日本円にして約464億円と、2005年当時の楽天にとっては大きな規模の買収案件です。このM&Aにより、楽天はアメリカのアフィリエイト市場への参入を果たしたのです。
その後もEC事業での海外展開などを続けながら、2012年にはカナダのKobo社を約236億円で買収して電子書籍事業への本格的な参入を図ります。ちょうどその時期に、楽天が社内公用語を英語にしたことが話題になりました。
また、2014年には無料メッセージングアプリViberを運営するキプロスのViber Media社の株式を取得して子会社化しています。約920億円という規模にも注目が集まりました。
このように、楽天はグローバル化戦略をとりながら創業以来拡大を続けています。2020年度の売上高は約1兆4555億円と着実に成長しており、初期段階からクロスボーダーM&Aを繰り返して事業を育てているという経緯があります。
参考:https://corp.rakuten.co.jp/about/history.html
https://corp.rakuten.co.jp/investors/financial/trends01.html
(*売上高については2017年のものを情報として記載いただいていましたが、こちらから最新のデータに差し替えています)
武田薬品工業株式会社
武田薬品工業は、日本の最大手製薬会社です。日本の国内市場が将来的に減少傾向であることを見越し、成長戦略の一環として海外に拠点を持つ同業他社とのM&Aを進めてきました。
中でも話題になったのが、2019年に完了したアイルランドの大手製薬メーカー、シャイアーの買収です。約6兆2,000億円という巨額な取引金額で、日本企業のM&Aでは過去最大の規模ということもあり、大きな注目を浴びました。この買収の結果、武田薬品工業は世界の製薬業界でトップ10入りするようになり、グローバル市場において存在感を向上させています。
シャイアー社の買収以前にも、武田薬品工業は着実にグローバル化を進めていました。たとえば2005年には、アメリカのバイオベンチャー、シリックス社を買収してアメリカに初めての研究拠点を設けています。その後も2017年にはアメリカのアリアド社を約6,300億円で買収するなど、同社は海外展開のため積極的にM&Aを活用しています。
その中でもシャイアー社との大型M&A案件は規模が大きく、海外売上高の割合が急激に増加するなど、武田薬品工業のさらなるグローバル化に寄与したといえます。
参考:https://www.takeda.com/jp/who-we-are/company-information/history/
まとめ
外国企業とのM&Aは難易度が高いと感じる人も多いかもしれませんが、クロスボーダーM&Aは国内企業どうしのM&Aと決して大きな違いがあるわけではありません。経営戦略に沿って、目標の達成を見込めるような案件を発掘し、会社の成長を目指すことができればいいのです。
ただし、海外には法律や商習慣の違いなど、インイン取引と比較するとより綿密な検討の必要な点も多くあります。きちんと情報収集をして、仲介会社など専門家の知見も活用しながらM&Aを進めていくとよいでしょう。
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