事業再生
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2021/08/27

【事業再生事例】楽器製造販売

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【事業再生事例】楽器製造販売
■事業概要  当社は、エレキギターなどの楽器の他、付属品、メンテナンス用品、関連用品を製造販売する会社である。  ギター本体は、①「既製品」(見込生産)、②基本製品をベースに顧客要望を反映した「セミカスタム品」(仕掛在庫に対する受注生産)、③一から顧客の要望に応じて製造する「フルカスタム品」(受注生産)の大きく3つに分類される。  当社の特徴は、1つめはデザインから組立まで一貫製造を行っている事、そしてもう1つは、高い技術を持った職人が一品ごと丁寧に製造、調整を行うため、製品の品質・耐久性が高いことがあげられる。  具体的には、品質については、流れ作業ではなく、各工程で職人が1本1本こだわって製造している。  木の露出が多いと木が呼吸しやすくなって外部環境に影響されて耐久性が落ちてしまうため、穴を開けた箇所など細かいところまで塗装している。  音に対するこだわりも強く、部品1つ1つに対しても、各ギターに合わせて選択している。  また、塗装についてもバリュエーションが多く、デザインのオリジナル性が高いだけでなく、木地着色には浸み込みやすい塗料を使用し、木目の浮き立ちにまでこだわっている。  その他、操作性についても徹底的にこだわり、独自開発の技術も取り入れている。  販売方法は、「フルカスタム品」および「セミカスタム品」は、個人ユーザが直接受け付けを行っている。  「既製品」は店舗への既製品販売である。  「フルカスタム品」は、オーダー数は少ないが、極めてコアなユーザにとって貴重なシステムであった。  また、「いつか自身でデザインした、世の中で唯一のギターを持ちたい」というユーザの「憧れ」を演出するものである。  そのため、その夢を持った顧客の取り込みに寄与し、自社のブランドイメージ向上に役立つ。 「セミカスタム品」は、顧客がゼロから組み立てる必要がなく、プロがデザインしたベースのものに、自身の思いを手軽に加えられるため、ユーザの持つ「気軽に高品質かつ自身のオリジナル商品を持てる」という要望に応えることができるシステムである。  そのため、従来はセミカスタムの要望は多い。  さらに、このセミカスタムを経由して、将来は顧客を「フルカスタム」へ発展させることで、顧客をファン層に成長させる、という戦略的な面も併せ持っていた。  しかし、フルカスタム品やセミカスタム品の製造で、オーダーシートの記入ミスなどによる製造ミスが頻発し、必要以上に時間と労力、そしてコストがかかってしまっていた。  また、黒字経営は続いていたものの、売上が頭打ちになっていた。 ■戦略の変更、売上低迷  そこで当社は、フルカスタム品とセミカスタム品をやめ、既製品のみに集中する戦略を取った。  「選択と集中」により、既製品に集中することで、売上向上を目指したのである。  そして営業部・製造部、それぞれに予算を設定し、営業部には販売数と売上の予算達成、製造部には製造数の予算達成を義務付けた。  これにより、個人のファンからの直接のオーダーがなくなり、当社の製造工程はスムーズにはなったが、当社のコアな顧客が離れてしまった。  さらに、ギター市場が低迷し、楽器店の売上も悪化していった。  さらに楽器店は、海外有名ブランドメーカーから「前年の30%増の仕入」を要求され、これら有名ブランドの販売に力を入れるようになり、当社の製品を販売する余裕がなくなってしまった。  その結果、既製品が売れなくなって多大な在庫が残り、業績は赤字に陥った。  さらに社内では、予算通りの数を製造している製造部が一方的に「赤字の責任は、予算未達成の営業部の責任である」と主張するようになり、製造部と営業部が対立するようになった。  そしてこの混乱を社長自身も抑えることができていない。  そこで社長は、セミカスタム品を一部再開した。  しかし、既存の専用シートに明記できない内容以外はすべて断ってしまい、「個々の顧客の要望に応える」には至っていない。 ■問題点、課題  これは完全な戦略ミスである。  当社の強みは、職人が1本1本こだわって製造することである。  当社はその強みを放棄し、海外メーカーの強み量産品の市場という「レッドオーシャン」で勝負してしまった。  また、製造工程についても量産品とカスタム品の区別がついていない。  量産品は「見込生産」であるが、カスタム品は「受注生産」であるため、製造体制は全く異なるものである。  その区別もせずに同じ製造体制で製造しているため、生産性が低下しているのである。  しかも、カスタムでミスが頻発するのは、カスタム情報を顧客からきめ細かく描かないこと、専用シートに不備があることが原因であり、これらの原因を改善すればいい。  それを実施せずに、「カスタム品停止」という、極端で、かつ重大な経営判断ミスを犯してしまった。  「選択と集中」という言葉だけを捉えて、事業の中身と市場を把握しないで経営判断を下してしまったのである。  さらに、既製品に集中して、営業部と製造部に予算達成を義務付けてしまった。  しかし、「見込生産」の中で、見込の販売数が期待できない中で、製造部に対して製造数の予算を義務付けるのはおかしな話である。    これは、在庫を出さないよう精度を上げた計画を作成することがポイントになるのであるが、単なる希望的観測で販売異数を決め、その数を製造部に予算として与えてしまった。  そしてこれが社内の混乱の要因ともなっている。 ■改善策  改善策は、まずはもとの「フルカスタム品」「セミカスタム品」を復活させて、当社のコアの顧客を取り戻すことである。  そして「受注生産」の体制を構築し、「既製品」と「見込生産」とを切り離して工程を構築することである。  ただし、当社は小さな会社であるため、受注生産と見込み生産は、同じ部門の同じ人材が行うしかない。  そのため、部門や人材ではなく「製造工程」を分けて、見込生産と受注生産を、別の日程で実施するようにすればいい。  また、専用シートを改善し、詳細まで確認できるようにする。  カスタムのオーダーの蓄積があるので、これらをシートに反映させるのである。  それでも詳細な個所で不十分になる場合は、製造部が詳細の確認を行うようにすればいい。  そのため、営業にはわからない詳細の内容は、製造部が直接顧客に連絡するようにする。  顧客は、製造部から直接細かい内容の確認が入れば、喜び、当社へ感謝するであろう。  そして手間がかかる分は、元々のカスタムの料金を値上げで対応すればいい。  コアなユーザは、ある程度の値上げは許容すると想定される。  こうすることで、当社のブランド力を向上させて、コアなファン作りとリピート化を図っていく。  また「既製品」については、販売の予算を廃止し、売上低迷(販売低迷)の責任を営業部に押し付けないようにしなければならない。  その上で、製造計画の精度を上げ、無理のない計画を作り、営業部と製造部が協働して事業を運営できるよう、体制を見直すのである。
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