長年の信頼関係が導いたM&A。経営の重圧からの解放され、着物店が新たな門出
2026年10月19日
2026年10月19日
呉服専門店として着物や振袖の販売やレンタル、着付け等を提供してきた株式会社夢花は、資本力の強化と後継者不在を理由に、M&Aを決断。「経営者としての責任や資金繰りの重圧から解放されて、お客様への価値提供に前向きに取り組めるようになった」と語る前代表(現会長)の柳浦様に、M&Aに至る背景やパートナー選定の経緯について詳しくお話を伺いました。
| 譲渡企業 | |
|---|---|
| 社名 | 株式会社夢花 |
| 業種 | 小売業 |
| 拠点 | 東京都 |
| 譲渡理由 | 後継者不在 |


| 譲受企業 | |
|---|---|
| 社名 | 江一株式会社 |
| 業種 | 製造・卸売業 |
| 拠点 | 滋賀県 |
| 譲受理由 | 既存商品・サービスの強化 |
——柳浦様のこれまでのキャリアや、創業に至る経緯について教えてください。

私が呉服業界に飛び込んだのは20代の頃です。最初に就職した会社で順調にキャリアを積んでいましたが、同族経営の同社は社長になれる者が一族に限られており、それ以上の出世は望めませんでした。また、組織が大きくなるにつれて自分の意見が経営陣に通らなくなり、モチベーションを保つことが難しくなっていきました。
そんなときに、とあるベンチャーキャピタルからスカウトされ、資金提供を受けて独立することになりました。独立後はがむしゃらに働き、9年で35店舗にまで急成長。しかし、最終的には親会社の倒産による「連鎖倒産」という非常に苦い経験を味わいました。
その後は別の会社に従業員としてお世話になったのですが、ここでもまさかの倒産という事態に。「自分で起業するしかない」と覚悟を決めて2011年に創業したのが「夢花」になります。
——M&Aを意識し始めたきっかけは何だったのでしょうか?
経営者となってからさまざまな経験をしましたが、特にコロナ禍は資金繰りの大変さを身に染みて感じました。希望通りの融資を受けられず、私の個人資産約1,000万円を取り崩して補填。その経験から、業績が黒字でも「この先も資金面で困らずにやっていけるだろうか」という不安は常に頭にありました。
また、年齢的に後継者のこともずっと頭にありました。私は仕事のできる部下には恵まれていましたが、コロナ禍での経験を思い返すと、資金繰りや経営責任までは部下に背負わせられないと思ったのです。自分が退いた後も社員に苦労をさせないためには、しっかりとした資本力を持つパートナーへ譲渡すべきだと考えるようになりました。
——買い手企業選定の経緯や、江一様を選ばれた決め手について教えてください。
M&Aについて模索していた折、日頃から財務面で関係があったベンチャーサポート税理士法人の青柳様からの勧めもあり、本格的にM&Aを検討し始めました。
最初に交渉した会社は、会社を伸ばすという意味では非常に優秀な営業陣が揃っていたものの、夢花のやり方とギャップが大きすぎて、今いる店長たちがついていけなくなるのではないかという懸念があり、断念しました。次に交渉した会社は、単に社員を引き取るというだけで、会社をどう存続させるかの明確なビジョンが見えず、こちらも断念しました。
そうした中で、私がM&Aに向けて動いていることを知ったからか、公私ともに20年以上の深い交友関係のあった、江一の営業責任者である宮本さんからお声がけがありました。
私は「いかに会社を存続させ、社員が安心して働ける環境を守るか」を重視していましたので、私のことも現場のこともよく理解している宮本さんがM&Aに前向きな姿勢を見せてくれたときに、「この人と一緒にやりたい」という想いを改めて強くしました。
宮本さんとの長年の信頼関係と、江一の強固な資本力・バックボーンがあれば、夢花の社員や店舗文化を生かしたまま成長できると思ったのです。

写真)左:江一 代表取締役 樋口様、中央:夢花 前代表(現会長) 柳浦様、右:夢花 現代表 宮本様
——M&Aプロセスで苦労や印象に残っている出来事はありますか?
具体的な手続きを進める中では、一筋縄ではいかない局面もありました。相手企業側の専門家による厳しい指摘や提示条件に対し、一時は「この話は一度白紙に戻そうか」というところまで追い込まれました。
しかし、宮本さんが「新規事業を一から立ち上げて赤字を出すくらいなら、黒字が見えているこのM&Aを成立させるべきです。この案件がダメになるなら、私は会社をやめます」とまで言ってくれて、江一の社内を動かしてくれたそうなのです。宮本さんの情熱があったからこそ、M&Aが成立したと言っても過言ではなく、本当に感謝しています。
——専門家やアドバイザーのサポートはいかがでしたか?
税理士の青柳様やバトンズのコンサルタントである鈴木様の存在も大きな支えとなりました。財務的な観点から「この条件では呑むべきではない」と適切な助言をいただいたり、こちらの意図や条件を整理して粘り強く交渉を重ねていただきました。結果として、双方にとって納得のいく形で成約に至ることができました。
——M&A成立後、ご自身の役割や社内の雰囲気にはどのような変化がありましたか?
社員に大きな動揺や混乱はなく、これまで通りの体制で穏やかに業務へ取り組めていると思います。現在は宮本さんが代表となり、私は「会長(顧問)」という立場で会社に残り、現場の営業や店舗運営のサポートを継続しています。
立場は会長となりましたが、店長やスタッフからは今でも「社長」と呼ばれていますし(笑)、現場での仕事内容や環境自体に変化はありません。
ただ、私の心理面には明確な変化がありました。経営者としての資金調達や資金繰りの責任から解放され、非常に気持ちが楽になりましたね。 それと、チャレンジできる風土が生まれたことも大きな変化かもしれません。
これまでなら費用面のハードルから躊躇していた新しいPOSシステムの導入も、宮本さんが「やりましょう」と即決でGOサインを出してくれました。自分一人では守りに入ってできなかった新しい挑戦へ、強力なエンジンを得られたと感じています。

——ビジネスにおける今後の展望をお聞かせください。
呉服業界全体が縮小傾向にあると言われる中で、これからの時代は着物という「モノ」を売るだけの商売では生き残れません。お客様が着物を着て街を歩く楽しさや、近隣への小旅行、お店での温かい会話といった非日常の「コト(体験)」を提供することが何より大切です。
とくに子育てを終えてご自身の時間を楽しみたい50〜70代のお客様にとって、着物を通して自分の人生の中に新たな喜びや目標を見出していただけるような場所でありたいと考えています。
江一様が持つ取引先との繋がりや新しいアイデアを取り入れつつ、業界内で淘汰されることなく、利益を確保して生き残れる強い専門店を目指していきたいと思っています。
——最後に、柳浦様ご自身の個人としての目標や想いをお聞かせいただけますか。
私は昔から「年金に頼らず自分で収入を得られる晩年を送りたい」と思っていました。いくつになっても社会から必要とされ、貢献できる人間であり続けたいですね。いつか少し時間が取れたら、まだ行ったことのないヨーロッパ旅行にでも行ってみたいと思いますが、まずは会社と社員の基盤をしっかり築いていきたいです。
その他のオススメ記事

2026年10月13日
茨城県水戸市で約30年にわたり地域に愛されてきた手打ちそばのお店「与三郎庵」。自家栽培の常陸秋そばを使った「十割蕎麦」や季節限定の「けんち...

2026年09月11日
コンサルティングや投資業を行うCoaspira株式会社は、2026年1月にシステム開発企業の合同会社Y.pm(2026年11月にCoaspira D-Labs株式会社へ商号変...

2026年09月07日
自動車の社外品(アフターパーツ)の開発・製造・販売を30年以上にわたって手がけてきた株式会社アートマテリアル。東日本大震災による拠点移転、...