会社がなくなってもブランドを守りたい。破産との岐路で選んだ、技術をつなぐ事業譲渡
2026年09月07日
2026年09月07日
自動車の社外品(アフターパーツ)の開発・製造・販売を30年以上にわたって手がけてきた株式会社アートマテリアル。東日本大震災による拠点移転、人員離脱、資金繰りの悪化——幾度もの困難を乗り越えながら事業を継続してきた代表の梁取様は「ブランドを残したい」という思いのもと、事業譲渡を決断。バトンズを通じて成約に至るまでの経緯と、今後の展望について伺いました。
| 譲渡企業 | |
|---|---|
| 社名 | 株式会社アートマテリアル |
| 業種 | 製造業(自動車パーツの開発・製造・販売) |
| 拠点 | 新潟県 |
| 譲渡理由 | 経営基盤の強化 |


| 譲受企業 | |
|---|---|
| 社名 | Apex株式会社 |
| 業種 | 製造業(自動車パーツの開発・製造・販売) |
| 拠点 | 愛知県 |
| 譲受理由 | 既存商品・サービスの強化 |
——まずは貴社の事業内容と、これまでの歩みについて教えてください。
1994年から福島県を拠点に、自動車のアフターパーツの開発・製造・販売を個人事業として手掛けてきました。その後、東日本大震災で工場が甚大な被害を受けたことをきっかけに、創業時からお付き合いのあった新潟県の社長様のご厚意で、新潟県に拠点を移して2011年から再スタートを切りました。
——その後、どのような経緯で法人化に至ったのでしょうか?
新潟県に移転後、車関係の仕事をしたいという長男が合流し、海外の高級輸入工具の代理店として法人・個人向けの移動販売を新たに始めました。この事業の売上増加に伴い、拡大を目指して法人化を決断したのが2016年のことです。
銀行借入を行い、メイン事業であるアフターパーツの製造でも高価な機械を導入。代理店販売用の車も増台するなど、一気に事業拡大を目指しました。
——経営する上でどのような困難がありましたか?
新規雇用した従業員がわずか2カ月で辞めてしまったことが大きな痛手でした。工具のストックやバンのリース費用などが発生しているものの、人手がかけられず1年ほど利益が生み出せない状態になってしまったのです。人員不足と借入金返済の二重苦に陥り、資金繰りは綱渡りの状態でした。
その後、長男が家庭環境の変化で離れることとなり、次男を呼び寄せて3年ほど二人三脚で取り組みました。売上は多少改善したものの、根本的な解決には至らず、2025年に再生スキーム(※)による事業譲渡の話が持ち上がりました。
うまくいっていた事業を勢いで拡大路線に舵を切ってしまったことや、撤退の判断ができなかったことは、経営者としての私の甘さだったと感じています。
(※)再生スキーム‥企業や事業の再建・立て直しをするために用いる具体的な計画や仕組み。
——事業譲渡に至る経緯を教えてください。
銀行に毎年の事業計画見直しを相談する中で、信用保証協会の承認を得るために第三者機関の紹介がありました。その際に、「再生スキームによる事業譲渡か、破産か」という厳しい選択を提示されました。そのため、選択肢がなかったというのが正直なところです。
その前に銀行経由でM&Aの話もいくつかあり交渉を進めましたが、地域密着型が主流の地元企業には、全国・海外向けが強みであり当社の製品に対してあまり事業価値を感じてもらえませんでした。
一方で、M&A仲介を活用すると費用がかかるため、資金繰りが苦しい中では難しく、国の再生スキームという選択肢が現実的な道になっていきました。
迷いはありましたが、「ブランドが残るのであれば、会社がなくなっても構わない」というのが本音でした。もともと個人事業からのスタートですし、自分が積み上げてきた技術やブランドが消えないことの方がずっと大事だったので、再生スキームを活用することにしました。
——買い手企業様との出会いはどのようなものでしたか?
代理人弁護士の村山先生が「広く買い手候補を募る必要がある」ということで、バトンズを紹介してくださいました。その後、バトンズの担当者である池田さんと村山先生と相談しながら進めていき、手を挙げてくださったのがApexの森社長でした。
——買い手企業様にはどのような印象を抱きましたか?
Apexは私が20数年前に福島県でショップを運営していた頃に販売していたメーカーで、当時からよく知っているブランドでした。先方の社員の中にも当社を知ってくださる方がおり、不思議なご縁を感じました。
ただ、Apexのような世界的なブランドが当社を吸収してどんなメリットがあるのか、イメージが湧いていませんでした。Apexが製造している商品と当社のものでは色合いが違いますし、数字的な相乗効果がどう生まれるのか、今でも完全にピンときているとは言えませんが、私にとってはありがたいお話でした。
森社長への印象は、技術畑の出身ということで、モノづくりの現場を深く理解されている方だと感じました。私の作った製品も評価いただき、現場の技術を理解した上で経営をされている方だというのは非常に好印象でした。
——現在はどのような体制で事業に取り組んでいますか?
現在はApexの一部署として、私が事業責任者を務めています。体制はこれまで通りスタッフ2名で動いており、「お互いに収益を上げていきましょう」というスタンスで、裁量を持たせていただいています。
スタッフには、事業譲渡の話が出た初期段階から伝えていたため、新しい環境に戸惑いながらも前向きに業務に取り組んでくれています。資金繰りの不安がなくなったことで、いずれは地元の若手人材の採用と育成ができればと考えています。
——買い手様との協業でどのような期待をしていますか?
Apexは世界的なブランドです。Apexと同じ舞台に立つことで、私たちが扱う製品のブランドイメージを引き上げてくれると信じています。まずは、Apexが毎年出展している「東京オートサロン(※)」への出展も視野に入れています。
当社はこれまで、良い製品を作ってもそれを広める手段に限界がありました。Apexとの協業で、その壁を突破できると期待しています。海外の方々にブランドを知っていただき、そこから新たなビジネスへとつなげていきたいです。
——最後に、今後の展望をお聞かせください。
日本の自動車アフターパーツ市場が成熟する中、Apexはすでにコンテナ単位で海外へ製品を輸出し、確固たる実績を持っています。我々がターゲットとするハイエンドユーザーは海外に数多く存在するため、この強力な販売網を活かして打って出たいと考えています。
30年以上かけて積み上げてきた技術とブランドを、もっと多くの人に届けるために、世界へ発信していきたいです。
(※)東京オートサロン‥毎年1月に幕張メッセで開催される世界最大級のカスタムカーとチューニングカーの祭典。
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