「オフバランス」(Off-balance)という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。会社が保有する資産や負債はすべて貸借対照表(バランスシート)にリストアップされますが、何らかの理由でリストアップされず、「資産」と「負債」のバランスが取れないことがあります。これをオフバランスといいます。
企業を買収する際には、オフバランスになっている負債がないか細心の注意を払う必要があるのです。
簿外債務とは?分かりやすく解説
M&Aで企業を買収する際は、簿外債務に注意する必要があります。M&Aの実施後に、売り手企業に簿外債務が見つかった場合、本来の価値よりも高く買ってしまったことになります。
簿外債務に気づかずにM&Aを実行してしまうことは、買い手にとって大きな損失となるのです。そのため、簿外債務について理解するとともに、M&A実施前に慎重に調査する必要があります。
簿外債務とは
簿外債務は、貸借対照表に記載されていない債務のことです。本来、企業が抱える負債は全て貸借対照表に記載する必要があります。しかし、買掛金や引当金といった負債が何らかの事情で貸借対照表に記載されない場合があり、M&Aにおいて大きな論点となるのです。
簿外債務は、買い手が把握することはできません。実際に抱えているすべての負債を勘案して買収価額を決定することができなくなるため、適正額での買収が不可能になってしまいます。
中小企業における簿外債務
簿外債務の発生は、珍しいケースではありません。特に中小企業では、税務会計を採用することが多いため、簿外債務がたびたび発生します。
税務会計では、企業が極端に費用を計上して課税所得を減らすことがないよう、損金として認められる勘定科目が限定されています。退職給付引当金や賞与引当金といった未確定な債務については損金として認められず、企業にとっては貸借対照表上に記載するメリットが薄いため、簿外債務となってしまうことが多いのです。
また、以前は意図的に簿外債務を発生させる「飛ばし」が行われていました。しかし、粉飾決算であるとして、現在では証券取引法で禁止されています。
M&Aにおける簿外債務の開示
M&Aにおいては、簿外債務の開示が必要です。契約書に表明保証の条項を設定することが一般的であり、締結後に簿外債務があると発覚すると、損害賠償請求の対象となる可能性もあります。
買い手側は、買収の前にデューデリジェンスを行い、簿外債務がないかを確認しましょう。また、売り手側が簿外債務の存在に気づいていない場合もあります。買い手からの信頼を失わないよう、専門家に依頼して、事前に簿外債務がないかをチェックすることが大切です。
簿外債務が発生する理由
簿外債務が発生する理由は、以下のとおりです。
◉M&Aの交渉を有利に進めるため
◉税務会計上損金にならないため
簿外債務は、M&Aを有利に進めるために、売り手側が意図的に隠しているケースと、損金計上されないため記載漏れが生じており、意図せず発生しているケースがあります。
ここでは、簿外債務が発生する2つの理由について解説します。
M&Aの交渉を有利に進めるため
M&Aの交渉では、売り手は少しでも高く売り、買い手は少しでも安く買いたいと考えるのが一般的です。売り手が自社を高く得るためには、企業価値を高く評価される必要があります。そのためには、多くの自己資本を保持していることや、負債が少ないことをアピールすることが大切です。
自己資本を実態よりも多く記載することは、粉飾に該当するためできません。しかし、簿外債務については、貸借対照表に記載されないため隠せます。M&Aの交渉を有利に進めるため、簿外債務の存在を開示しない企業が存在するのです。
税務会計上損金にならないため
退職給付引当金や賞与引当金といった項目は、税務会計上損金として認められません。これは、企業が課税対象となる所得額を少なくしようとして、実際に発生していない費用を計上することを防ぐためです。
損金に計上できない項目については、課税対象額を減らすことにつながりません。そのため、企業にとってはわざわざ計上するメリットが乏しく、簿外債務になりやすいのです。
簿外債務の種類
簿外債務をチェックするうえで、どのような種類があるかを理解することが必要です。
一口に簿外債務と言っても、さまざまな種類があります。特にオフバランスになりやすく、多額の簿外債務が発生する可能性が高いのは、退職給付引当金や役員退職慰労引当金です。これらは税務上損金として認められないため、貸借対照表に計上されていないケースが多く見られます。また、債務保証や訴訟リスクの有無についても確認することが必要です。
ここでは、簿外債務の種類についてまとめました。
退職給付引当金
退職給付引当金は、将来支払う予定の退職金についての引当金です。外部に年金資産を積み立てている場合、その額を差し引いて算出する必要があります。退職給付引当金は、計算が複雑でミスが発生しやすいのが特徴です。
また、損金として認められないため、簿外債務になる可能性が高い勘定科目と言えます。退職金制度がある会社では、簿外債務になっていないか注意が必要です。
賞与引当金
賞与引当金は、将来に支払う予定の賞与を準備し、計算しておくために使用する勘定科目です。従業員に賞与を支給する場合、支払いに備えて引当金を計上します。会社は誰にいくら払うかを把握しているため、期間に応じて適正に計上する必要がありますが、損金として認められません。そのため、退職給付引当金と同様に簿外債務となる可能性が高い勘定科目です。
未払いの残業代
未払いの残業代は、引当金と同様に発生しやすい簿外債務の1つです。会社は従業員の残業に対して、適正額の残業代を支払わなければなりません。しかし、サービス残業が発生している場合、未払い分が存在する可能性があるでしょう。従業員が請求した場合、未払い分を支払う必要があります。
会社側が労働時間を把握していないケースもあり、デューデリジェンスの際に未払い残業代の存在が発覚する場合が多いです。
買掛金
買掛金は、取引先に支払う仕入れ代金のうち、支払いが終わっていないもののことです。本来、買掛金が発生した時点で帳簿に記載する必要がありますが、計上漏れにより簿外債務となってしまうケースが多くみられます。特に、長年取引をしている相手については、後でまとめて計上することもあるでしょう。
また、電気やガスなどの公共料金の未払金も計上漏れが起こりやすく、簿外債務になりやすいです。
リース債務
リース債務とは、ファイナンスリース取引の際に発生する債務のことです。ファイナンスリース取引とは、期間中リース物件の使用収益権を与える取引です。リースを受けた企業はリースしたものを資産、債務をリース債務として計上しますが、賃貸借取引として処理する場合、リース債務が簿外債務になる可能性があります。
取引によっては長期にわたるものもあり、発覚した際には多額の簿外債務になっているリスクもあるため、注意が必要です。
未払いの社会保険
社会保険のなかでも、契約社員やパート社員の分については、未払いが発生しやすいです。デューデリジェンスで未払い社会保険の存在が発覚するケースは多く、簿外債務となりやすい項目と言えます。
M&Aでは、買収時の契約書で表明保証条項を定め、社会保険の未払い分が発生した際の対応について記載するか、買収金額から社会保険の未払い額分を減額する場合が多いです。
債務保証
他社や個人の保証人となっている場合、債務者が債務不履行に陥ると、連帯保証人である企業が代わりに債務を負担する必要があります。本来、債務保証については引当金を計上しなければなりません。しかし、引当金を計上せず、決算書にその旨と保証金額を記載して処理することも多く、簿外債務になりやすいです。
また、経営者が無断で保証人になっている場合もあり、債務保証の存在を認識できないケースもあります。
訴訟リスク
現在進行中の訴訟や、将来発生しうる訴訟リスクがある場合、その旨を開示したうえでM&Aを進める必要があります。売り手企業が訴訟リスクがあることを隠したままM&Aが実行されると、巨額の損害賠償請求や許認可の取り消しにつながりかねません。
訴訟リスクは決算書に記載されないため、デューデリジェンスでヒアリングを行い、入念にチェックする必要があります。
簿外債務がある企業を買収するリスク
簿外債務がある企業を買収することには、大きなリスクをはらんでいます。買収後に売り手企業が抱える簿外債務が発覚し、契約時に表明保証条項を設定していなかった場合、負債は買い手企業が負担しなければなりません。
本来、M&A実施後に買い手企業が回収すべき投資金額は、買収価額です。しかし、簿外債務が発生した際は、その分もプラスで回収する必要があります。これは、買い手企業にとって大きなリスクです。
そのため、M&A実行前に簿外債務がないかを入念にチェックし、簿外債務が発覚した場合に不利益を被らないよう、対処する必要があります。
簿外債務・偶発債務の見つけ方
以上のような簿外負債に加え、必ずしも貸借対照表に計上すべきではないものの、将来、会社の負担となり得る「偶発債務」という項目も存在します。
たとえば訴訟の先行きによっては会社が負担するかもしれない「損害賠償義務」や、関係会社の融資に対して保証を行っている場合の「保証債務」などが含まれます。このような偶発債務も引き継いだ会社に存在するリスクといえます。簿外債務とあわせて見つけ出し、評価、検討をしておかなければなりません。
簿外負債や偶発債務のリスクを最小限に抑えるためには、専門家の力を借りたほうがよいでしょう。企業を引き継ぐ際には、公認会計士やファイナンシャルアドバイザーに、こうしたリスクの存在や投資価値を判断するための企業精査(デューデリジェンス)を依頼できます。
相応のコストがかかりますが、大きな損失を避けるためと考えれば安いものです。最悪の場合、売主との訴訟問題に発展し売主との関係性を損ねたことで、せっかく引き継いだ従業員や取引先も離れいわゆる「空箱」になってしまう可能性もあるのです。
簿外債務がわかった場合の対処法
それでは、M&Aの交渉中や実施後に簿外債務が発覚した場合、買い手企業はどのように対応すればよいのでしょうか。M&Aを実施する前に簿外債務が発覚した場合は、交渉を中止するパターンや、スキームを変更して事業のみを買収するパターンが考えられます。
また、契約書に表明保証条項を定めていれば、M&Aを実施した後でも契約解除や損害賠償請求を要請することが可能です。
ここでは、買い手企業が実施すべき簿外債務対策をご紹介します。
M&A実施前
M&A実施前に簿外債務が発覚した場合、M&Aの中止やスキーム変更が考えられます。
M&Aで期待される効果と簿外債務によるデメリットを勘案し、デメリットが大きい場合はM&Aを中止するのが得策です。特に、売り手側が重大な訴訟リスクを抱えていた場合は、買い手企業にとって大きな損失となり得ます。
また、株式譲渡ではなく事業譲渡に変更するのも有効です。事業譲渡であれば、特定の事業のみを買収できます。簿外債務を除いて必要な事業のみを買収できるため、簿外債務を引き継ぐ必要性がなくなるのです。
M&A実施後
M&A実施後に簿外債務が発覚した場合、表明保証条項に記載されている内容を遂行しましょう。
表明保証条項とは、M&Aを実施するうえで開示された情報が正しいことを約束するものであり、契約書に記載することで、虚偽が発覚した場合に対応できます。契約解除や損害賠償請求を要請できるよう定めておくことで、簿外債務が後から発覚するリスクに備えられます。
表明保証条項を設定しなければ、簿外債務が発生した際の損失をすべて買い手側が負担しなければいけません。必ず表明保証条項を設定し、リスクヘッジを行いましょう。
簿外債務が企業経営に悪影響を与えた具体例
最後に、簿外債務が企業経営に悪影響を与えた事例を2つご紹介します。
【簿外債務の事例】
電気メーカーの事例:簿外債務が発覚し、出資額が減額された事例
精密機械メーカーの事例:簿外債務が発覚し、自己資本が毀損した事例
どちらも、簿外債務が企業経営に大きな支障をきたした事例です。事例を通して簿外債務が抱えるリスクを改めて把握し、M&Aの際に不利益を被らないよう注意してください。
電気メーカーの事例
ある電気メーカーA社は、各事業部において損失が発生しうるプロジェクトが複数存在していました。A社は、ある海外メーカーから約5,000億円の出資を受ける予定でした。出資前に簿外債務を算出したところ、約3,500億円の簿外債務が発覚したのです。
これを受けて、当初予定されていた出資額から約1,000億円減額され、結果的に約4,000億円の出資を受けることになりました。簿外債務の発覚により、出資額が大幅に減額された事例です。
精密機械メーカーの事例
ある精密機械メーカーB社は、有価証券投資やデリバティブなどで多額の損失を抱えていました。損失は1990年代頃から発生しており、額が膨らんでいましたが、B社は連結対象外の複数のファンドに損失を分離することにより、損失を先送りしようとしていたのです。
第三者委員会がB社を調査したところ、1,000億円以上の簿外債務が発覚します。これを受けて、B社は第三者からの増資受け入れを実行しました。簿外債務の発覚により、自己資本が毀損してしまった事例です。
簿外債務や偶発債務のリスクを抑えてM&Aをスムーズに進めよう
今回は、簿外債務とは何か、種類や発生する理由、見つけ方や対処法などを解説しました。売り手企業が抱える簿外債務は、買い手企業にとって大きなリスクです。簿外債務に気づかないままM&Aを実行してしまうことがないよう、入念なデューデリジェンスが欠かせません。
また、簿外債務のリスクを回避するため、表明保証条項を定めることも重要です。この記事を参考に、簿外債務がないか細心の注意を払ったうえで、M&Aを進めてください。
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