資金調達
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2021/12/18

スモールM&Aに必要な資金調達とは~賢い融資制度の活用法

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はじめに
事業承継のニーズの高まりとともに第三者承継の手法としてM&Aを活用するケースが増回しています。政府は、事業承継・引継ぎ補助金や事業承継税制などによって中小企業のM&A支援策を拡充していますが、譲受を希望する企業に資金が潤沢にあるとは限りません。特に、譲受企業が中小企業である場合は、資金調達の成否がスモールM&Aの実現を左右することも少なくないのです。
1.中小企業のM&Aにどんなお金が必要となるの?
スモールM&Aの多くは、事業譲渡や株式譲渡により実施されます。中小企業白書(2018年)によると事業譲渡41.0%、株式式譲渡40.8%、合併15.0%、その他3.1%と、この2つの実施形態が約8割を占めていることがわかります つまり、事業譲渡の対価を支払うための資金や経営者等が保有する株式の取得資金の調達が必要になるケースが多くなるのですが、中小企業の事業承継融資を取り扱っている日本政策金融公庫によると、実際にはもっと多様な必要資金が融資対象となっているようです。
2.M&Aを支えるスモールM&A向け融資
(1)スモールM&Aに伴う資金ニーズと融資活用事例 M&Aにおいてはどのような資金が必要なのか、日本政策金融公庫のHPで紹介されている融資事例を見てみましょう。 ① 株式の買い取り資金 公共工事を中心に手がける建設会社A社は、事業拡大のために同業であるB社の買収を決断。A社は、B社の株式を取得する資金として7,000万円の融資を受け、B社を子会社化。 ② 営業権や事業用資産の買い取り資金 広告代理店に勤務するCは、自身がよく訪れている雑貨店Dが店を畳むことを知り、店を受け継ぎたいとの希望を伝えた。CはDと事業譲渡について合意し、営業権や店舗設備、在庫の買い取り資金として600万円の融資を受け、Dの店を受け継いだ。 ③M&Aに伴うリニューアル資金 洋菓子製造業を営むE社は、事業多角化を目的として、飲食業を営むF社からレストラン1店舖を譲り受けた。 E社は、老朽化した店舗の内装・機械設備の刷新やオープン当初の仕入に必要な資金として1,200万円の融資を受け、F社から譲り受けたレストランのリニューアル・オープンを行った。 ④M&Aによる新たな取組み システム開発やWebサービスの提供を行うG社は、新分野への進出を目的として、ソフトウェア開発を行うH社を買収。 買収後、G社は、H社の持つセキュリティ関連技術を活用したWebサービスの開発資金として4,500万円の融資を受け、新たなWebサービスの提供を開始した。 このようにM&Aに伴い直接的に発生する株式や事業資産の取得資金のみならず、M&Aにより取得した事業をより高付加価値化するための店舗リニューアルや、新規事業の開発資金などに公庫融資が活用されているのです。 (2)スモールM&A向け融資の概要 日本政策金融公庫のスモールM&A向け融資とはどのようなものなのか、その制度概要と、融資の活用状況についてみてみましょう。 ①制度概要 日本政策金融公庫スモールM&A向け融資とは、国民生活事業で取り扱われている「事業承継・集約・活性化支援資金」のことです。事業承継に必要な運転資金・設備資金について長期間、有利な利率で融資を受けることが可能です。 【対象者】 イ.現経営者が後継者(候補者を含む。)とともに事業承継計画を策定している方 ロ.安定的な経営権の確保等により、事業の承継・集約を行う方 ハ.経営承継円滑化法に基づき認定を受けた中小企業者の代表者等 ニ.事業承継に際して経営者個人保証の免除等がネックになり取引金融機関からの借入が難航したため経営者個人保証を免除した公庫融資を受ける方 ホ.事業の承継・集約を契機に、新たに第二創業(経営多角化・事業転換)または新たな取組みを図る方 【融資限度額】 7,200万円(うち運転資金4,800万円/他の公庫融資と別枠) 【返済期間】 設備資金:20年以内(うち据置期間2年以内) 運転資金:7年以内(既往の公庫融資の借換を含む場合:8年以内/うち据置期間2年以内) 【利率】 基準利率(2.06~2.55%)のほか、条件により特別利率(基準金利から最大0.65~0.85%程度の優遇あり)の適用あり(令和3年12月1日現在) ②スモールM&A向け融資の活用の状況 運転資金・設備資金のいずれも、500万円以下が約6割、1,000万円以下が約8割となっており、小口資金の利用が過半を占めています。 【運転資金】 2,000万円超         5% 1,000万円超2,000万円以下  14% 500万円超1,000万円以下  16% 500万円以下        65% 【設備資金】 2,000万円超        4% 1,000万円超2,000万円以下 15% 500万円超1,000万円以下  22% 500万円以下        59% (注)設備資金には、譲渡企業から買い取る譲渡企業の株式、営業権、事業用資産(店舗、機械設備等)等を含みます。 なお、M&A資金が高額になる場合等は、協調融資といって複数の金融機関が融資を行うケースもあります。日本公庫のスモールM&A向け融資においても、約2割は民間金融機関との協調融資となっています。 なお、業種別では卸売・小売業の方の利用が約2割と最も大きく、運輸業、サービス業、飲食店、宿泊業等、さまざまな業種で融資が活用されています。 【内訳】 卸売・小売業21%、運輸業21%、サービス業19%、飲食店・宿泊業10%、 医療・福祉7%、製造業6%、不動産業5%、建設業4%、教育・学習支援3%、 情報通信業2%、その他2% 従業者規模別では、従業者数5人以下の方が7割、従業者数20人以下の方が約9割となっており、融資先の大半が小規模事業者です。 また、融資の9割は無担保融資であり、一般的な融資と比べても有利な条件と言えそうです。 (出所)国民政策金融公庫ホームページより:2019年度の事業承継・集約・活性化支援資金の融資件数(国民生活事業)のうち、第三者承継に係る融資707件を抽出・分析したもの。
3.経営承継円滑化法の有効活用
事業承継の円滑化を目的に制定された「経営承継円滑化法」では金融支援策として融資と信用保証の特例措置が規定されています。具体的には、事業承継の際に必要となる資金について、都道府県知事の認定を受けることを前提に、上述の日本政策金融公庫の制度融資や中小企業信用保険法の特例(信用保証)を活用することができる制度です。 2018年7月に「これからM&Aにより他社の株式や事業用資産を買い取るための資金」も融資や信用保証の対象として追加され、これから他の中小企業者の経営を承継しようとする中小企業者や事業を営んでいない個人が利用できることになりました。 スモールM&Aでの後押しをする制度として活用を検討してみてはいかがでしょうか。 なお、他の中小企業者からM&Aにより経営の承継を行う会社が、経営承継円滑化法による金融支援について都道府県知事の認定を受ける場合には、一定の要件を満たすことが必要です。 ①M&Aにより承継される中小企業の要件 ・当該中小企業の役員又は親族の中に、後継者候補となる者がいないこと ・当該中小企業者における経営者が、その年齢、健康状態その他の事情により、継続的かつ安定的に経営を行うことが困難であること ②資産の承継に関する要件 ・「経営の承継に不可欠な資産」を承継する見込みであること 例)株式譲渡による承継の場合、総議決権の過半数を超える議決権を保有することとなる数の株式等が該当。また、事業譲渡による承継の場合、事業用資産等が該当。
まとめ
融資には金融機関等の審査が伴うため、せっかく基本合意に至っても融資審査に予想以上に時間を要したり、必要な資金調達額に満たなかったりすることでM&Aがブレークしてしまう事例も少なくありません。 M&Aによる事業承継を円滑に進めるためには、専門家を通じて早い段階から金融機関との相談を進めておくことも重要な取り組みであると言えそうです。 中小企業診断士 伊藤一彦 https://stella-consulting.jp/archives/559
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