EXIT戦略を考えるのは立ち上げた事業が軌道に乗ってからでいい、と考えている起業家もいるかもしれません。しかし、 創業前後の段階から将来像としてのEXIT戦略を思い描いておくのは、実はとても重要なことです。シード期のスタートアップ企業であっても、目指すEXITの方法によって経営や資金調達の方向性が変わってくるからです。
この記事では、EXIT戦略の手法となるIPOとM&Aについて解説します。
スタートアップにおけるシード期とはなにか?
そもそも、シード期というのは何のことでしょうか。スタートアップには、事業の成長段階に合わせたいくつかのステージがあります。シード期というのは、その特定の成長段階を指す言葉なのです。
スタートアップの成長段階を表す4つのステージ
スタートアップの成長段階は「シード」「アーリー」「ミドル」「レイター」という4つのステージに分けることができます。シードとは起業のための準備期間、アーリーとは立ち上げたビジネスが軌道に乗るまでの数年間、ミドルとはビジネスを本格的に拡大させていく期間、そしてレイターとは当初のビジネスが安定し、EXITを視野に入れたり新規事業に乗り出したりする期間です。
人によっては「ミドル」を「エクスパンション」と「グロース」にわけた呼び方をしているなど、スタートアップの成長段階を表す用語は何種類かありますが、完全には統一されていません。業界で一般的に使われているものとして、この4つのステージ(シード、アーリー、ミドル、レイター)があるということを認識しておくと、自社がいまどのステージにいるのかを把握できるでしょう。
シード期は企業のための準備期間
シード期について、もう少し詳しく見ていきましょう。
シード期は起業のための準備段階ですが、必ずしも創業前の段階のみを指しているわけではありません。創業直後でまだ本格的に事業を開始していない時期も、シード期に含めることができます。ビジネスモデルはすでに描いていて、その実現のために準備を行っている期間がシード期なのです。
製品やサービスが確立する前なので、収益はほとんどありません。巨額な資金はまだ必要ありませんが、会社の設立費用や人件費、マーケットなどの調査費用など、ビジネスを始めるために必要な資金を調達しなければいけません。多くの場合は、自分自身や家族、友人など身内の資産を利用したり、エンジェル投資家からの出資によってまかなわれたりしています。
シード期の起業家が考えるべきEXIT戦略
シード期であったとしても、起業家はEXIT戦略について考えておく必要があります。
どのようなEXIT戦略があるのでしょうか。
起業家にとってEXITとは?
まずは、EXITについて簡単に説明します。
EXITというのは「事業への投資を回収して利益を確定させること」です。
その方法は主に、IPO(新規株式公開)とM&Aの2種類があります。
多くの起業家は、将来的に利益を得ることを目指してビジネスをスタートさせています。EXITの方法として、IPOを目指すか、M&Aを目指すかによって経営の方向性が変わるので、どこを目標にするのかということを最初に決めておいた方が事業計画を立てやすくなります。
EXIT戦略は起業家の考え方にも影響する
EXIT戦略の違いは、経営者の考え方にも影響を与えます。
IPOとM&Aのどちらを目指すかによって会社の将来像が変わってくるからです。
たとえば、IPOによるEXITを目指していることが明確である場合、ベンチャーキャピタルからの資金調達がしやすくなる可能性があります。ベンチャーキャピタルは、公開された株式を高値で売却することで利益を得るからです。IPOを目指していることが明確であれば、シード期であってもベンチャーキャピタルから出資を検討してもらえるかもしれません。また、創業者が将来も継続して事業を育て続けたいと考えている場合にもIPOを目指すことが多くなります。
一方で、起業家として挑戦してみたいビジネスモデルをたくさん温めている場合には、経営者はM&Aを目指します。ある程度事業が軌道に乗った段階で会社を手放し、また新しい事業の立ち上げを目指す、というのを繰り返す連続起業家が選択しやすいEXITの手法です。
とはいえ、最終的にどのようなEXIT戦略をとるべきかは、起業家の考え方次第といえます。
IPOについての基礎知識
IPOとはなにか?
IPOとは「新規株式公開」のことで、初めて証券取引所で株式を公開することを指してIPOと呼びます。不特定多数の投資家に注目してもらうためには、企業は株式市場に上場しなければいけません。上場することで、投資家に株式を取得してもらうことができるようになります。つまり、株式市場で資金調達をすることが可能になるのです。
IPOの仕組み
なぜ、IPOがEXIT戦略になるのでしょうか。
ほとんどの場合、上場すると株価は上昇します。大幅に値が上がることも珍しくありません。高値となった株式を株式市場で売却することで、取得した際に支払った金額との差額が利益として手元に残ります。すると、創業当初の出資者は投資を回収してそれ以上のリターンを得ることができます。これが、IPOによるEXIT戦略の仕組みです。
近年のスタートアップIPOの事例
日本では多くのスタートアップがIPOを目指しています。
特に注目を浴びた近年の事例は、株式会社メルカリの東証マザーズ上場でしょう。
「メルカリ」は個人間で服や雑貨、家電などノンジャンルで様々なものを売買することのできる人気のフリマアプリです。インターネットを日常的に利用する人なら、少なくとも名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。不要なものを自宅にいながら手軽に売買でき、相手に住所を開示しないなど配送のオプションも選択できる利便性が、若い世代を中心に広い支持を集めています。
2013年に設立されたメルカリは、2018年6月の上場時にはすでに実績のある有名な会社へと成長していました。東証マザーズのIPOとしては異例の大型案件で、高い注目を集めて幅広い層の投資家が株式の取得を希望し、上場した直後の株価も大きく上昇しています。
メルカリは、日本国内での業績が好調な時期に上場を達成しました。株式市場で資金調達を行うことで、アメリカでの事業拡大を狙ってこのタイミングで上場したのではないか、などと予想されています。成功したスタートアップのIPOの事例として、参考になるのではないでしょうか。
M&Aについての基礎知識
続いて、もうひとつのEXIT戦略であるM&Aについても詳しく見ていきましょう。
M&Aとは
M&Aとは「合併と買収」のことです。いくつかの意味がありますが、一般的にEXIT戦略におけるM&Aは、会社を他社に売却することを指します。独立して経営していた企業がほかの会社と提携関係を結び、傘下に入るのです。スタートアップの買い手となるのは有名な大企業であることが多く、M&Aが発表されるとそのスタートアップの注目度は非常に高くなります。
M&Aの仕組み
では、M&AはなぜEXIT戦略になるのでしょうか。
企業が売却されると、創業当初の出資者の手元には所有している株式の割合に応じて売却金が残ります。企業がいくらで売買されるかは判定された企業価値や双方の話し合いをもとに決められ、将来性が見込める場合などは高額での買収の可能性が高くなります。売買契約が結ばれた時点で創業者などの出資者は確実に投資を回収できる見込みが立ち、利益を手にすることが可能になります。そのため、EXIT戦略としてM&Aという手法が成立するのです。
近年のスタートアップM&Aの事例
大企業などによるスタートアップのM&Aは、日本よりもアメリカで盛んです。誰もが知っている世界的な有名企業であるFacebookがInstagramを買収した事例を覚えている人もいるかもしれません。2012年のことです。
Facebookは以前から買収による成長戦略をとっていて、他社の買収自体は珍しいことではありませんでした。しかし、当時社員数が10人強だったInstagramを約10億ドルというそれまでで最大規模の額での買収を決めたことが話題となり、大きな注目を浴びました。Instagramの写真を加工して共有するサービスは、当時新規性が高く、Facebookは将来的な競合となる前に傘下に入れる戦略をとった、と言われています。Instagramは買収後も独立したサービスとしてある程度の独自性が保たれることが約束され、双方にメリットのあるM&Aとなりました。
日本でも近年ではスタートアップのM&Aが増え、毎年コンスタントに大企業によるスタートアップの買収が行われるようになってきています。たとえば、2017年にKDDI株式会社がIoT通信プラットフォームを提供するスタートアップの株式会社ソラコムを買収しました。
ソラコムは、当時まだ創業から2年あまりの若い企業だったことや、約200億円とも言われた買収額の規模により、大きな話題となりました。ソラコムはスタートアップだったために海外などでの営業力に限界があり、KDDIへグループ入りすることで生まれるシナジー効果に期待したようです。代表取締役の玉川氏によると、このM&Aは事業の拡大に向けた戦略の一環だということです。そのため純粋なEXIT戦略ではないかもしれませんが、大企業によるスタートアップの買収という意味では非常に参考になる事例でしょう。
結局IPOとM&A、どっちを目指した方が良いのか?
では、それぞれどのようなメリットと注意点があるのでしょうか。
IPOのメリットと注意点
IPOの一番大きなメリットは、成功すると会社の知名度や社会的な信用が格段に向上することです。これは、顧客層が拡大したり資金調達が容易になったりすることにつながり、事業のさらなる拡大にプラスの影響をもたらします。
また、自ら興した企業を上場させるというのは経営者にとって大きな功績です。IPOの成功というのは、周囲からも称賛される実績になるでしょう。さらに、従業員にとっても上場はモチベーションのアップにつながる大きな出来事です。常に最前線で働いて会社に貢献してくれる従業員が、上場によってさらに力を発揮できるような環境になることで、ますますの成長が見込めるかもしれません。このように、IPOには様々なメリットがあります。
一方で、注意点もあります。
第一に、IPOを成功させるのは簡単ではないということです。法律を順守していることを証明するための社内体制の整備が必要になるため、準備には長い時間がかかり、その過程では様々な手間やコストが発生します。準備を進めても途中でIPOを断念する結果となる可能性もあり、そうなればかけた労力が無駄となってしまいます。実際にIPOを目指しているスタートアップはかなりありますが、IPOを成功させる企業数は少ないのが現実です。
また、上場すれば終わりというわけではありません。上場企業として株主に対する責任を果たす必要があり、報告書の作成や株主総会の開催などのために引き続き手間と費用がかかり続けるのです。
M&Aのメリットと注意点
一方、M&Aには、どのようなメリットや注意点があるのでしょうか。M&AでEXITをすることによる一番のメリットは、そのスピード感です。すでに説明したように、IPOを達成するためには年単位の時間がかかります。しかしM&Aの場合は社内体制の整備など手間のかかる改革が必要ないため、パートナーの企業さえ見つけることができれば、非常にスピーディーなEXITが可能です。
スタートアップの出資者にとっては、契約締結によって確実に投資を回収し利益を確定させる見込みができるという点も、M&Aの魅力のひとつです。
反対にM&Aを検討する場合に注意しなければいけないのは、経営の自由を失ってしまう可能性があるということです。会社を売却してしまうと、基本的には買収した側の企業の経営方針に従わなければいけません。それまでのように思った通りの方向性で事業を進めることは難しくなることもあります。
また、複数の企業が実際に統合するのは難しいプロセスです。統合がスムーズにいかなければM&Aのメリットは帳消しとなってしまううえ、従業員のモチベーション低下や離職にもつながりかねない、ということも理解しておいた方がよいでしょう。
シード期の起業家が考えるIPO戦略
では、起業家はどのようなときにIPOを目指すべきなのでしょうか?
たとえば、事業が軌道に乗ってからも長期にわたって経営者として会社の舵取りを続けたい、と考えているとします。会社の名前を世の中に残して独自で発展していきたい場合は、M&AよりもIPOを目指すのが適切です。IPOであれば、経営者として事業に関わり続けることができるからです。
会社を売却してしまうとあくまで売却先のグループ会社などの位置づけになってしまうため、立ち上げた事業を自分の手で育てていきたいと希望している起業家は、基本的な方向性としてIPOを目指すのがよいかもしれません。
シード期の起業家が考えるM&A戦略
一方で、起業家がM&Aを目指すべきなのはどのようなときでしょうか。
多くの場合、会社を売却すると数年の間に創業者は経営の中心から離れることになります。そのため上で述べたように、起業した会社に関わり続けたいという場合、M&Aは向いていません。しかし起業家の中には、ひとつの事業にこだわるのではなく、いろいろなビジネスを生み出したいと考える人もいるでしょう。そのような場合、M&Aを目指すのが適しています。スピーディーなEXITが可能な上に、確定させた利益を元手にして、また新たなビジネスを立ち上げることが可能だからです。
新しいビジネスモデルのアイデアをいくつも抱えていたり、起業家として次々に違う事業の立ち上げに挑戦したいと考えたりしている場合は、M&Aを検討してみましょう。
シード期の起業家はIPOだけでなく、M&Aも検討してみよう!
日本では以前から、IPOを成功させることがスタートアップ創業者の最大の功績だとする風潮がありました。そのため、今でもIPOを目標に据える起業家はたくさんいます。IPOの実現は起業家にとって大きな実績となるほか、会社の名前が世の中に広く知れ渡るきっかけにもなり、様々なメリットがあります。
一方、最近はIPOよりもスピード感のあるM&Aという手法がより注目されているのも事実です。起業家として次々に新しいビジネスを立ち上げてみたいという志のある人は特に、会社を売却することによるEXITを目指す傾向にあります。会社が買収されたからと言って、必ずしも経営から手を引かないといけないわけではありません。紹介した株式会社ソラコムの事例のように、M&Aのあとも会社に残って経営の中心として活躍し続けるケースも、最近では多く見られるようになってきています。EXITのためだけではなく、EXITを見据えた成長戦略の一環としてもM&Aを利用できるのです。
EXITを達成する方法はIPOに限るわけではなく、M&Aにもたくさんのメリットがあります。ぜひ幅広い視野を持って、将来のビジョンにより合いそうな手法を検討してみてください。
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