経営改善や後継者問題の解決策として、M&Aによる株式譲渡や事業譲渡は有効な手段の1つです。しかし、どの程度の税金が発生するのか把握せずにM&Aを行ってしまうと、予想以上に高額な税金が発生してしまい、思ったように利益が出せなかった、といった事態に陥りかねません。
本記事では、株式譲渡または事業譲渡を行う場合にかかる税金面の特徴と、課税所得の算出方法や税務上の“のれん”が指す内容について、分かりやすくご紹介します。
株式譲渡における課税関係
ここからは、株式譲渡における課税関係について見ていきましょう。
株式譲渡の課税対象額を算出する方法
株式譲渡における課税対象額(株式譲渡所得)は、以下の式により算出されます。
株式譲渡所得(損益)= 譲渡対価 −(取得費 + 譲渡経費)
上の式における取得費とは、株式を取得する際には支払った払込代金や購入代金の事を指します。ちなみに、個人の株主が株式譲渡を行う場合、譲渡対価の5%分を「みなし取得費」として計算する事が可能です。
譲渡経費には、証券会社に対して支払う手数料等が該当します。個人株主の場合、消費税込みの金額を譲渡経費とする事が出来る一方で、法人株主の場合は消費税は消費税として別途申告する必要があり、譲渡経費に加える事は出来ません。
税率
株式譲渡所得にかかる税率は、個人株主と法人株主でそれぞれ異なるルールが適用されます。税率や課税方式の違いに注目しつつ、以下で順番に見ていきましょう。
【個人株主が株式譲渡を行う際の税率】
個人株主の場合、株式譲渡を行うと所得税等の申告分離課税が生じ、譲渡益に対して20.315%の税率が課されます。内訳は、所得税15%、住民税5%、復興税0.315%です。
総合課税とは異なり、固定の税率が課される仕組みとなっているので、株式譲渡を行う個人株主の方は税務上有利な取り扱いを受ける事が出来ます。
また、個人株主が同年度中に上場株(または未上場株)を複数譲渡した場合、他の株式譲渡損益との間で、損益通算を行う事が可能となっています。
ただし、上場株と未上場株の間で生じた損益の通算は行えないので、注意が必要です。
【法人株主が株式譲渡を行う際の税率】
一方で、法人株主による株式譲渡では個人株主の場合とは異なり、譲渡益を通常の所得と合算します。
その上で法人税等課税(法人税・法人住民税・事業税)が課されます。譲渡益に対する実効税率は、中小企業の場合で概ね34%前後となっています。
個人株主の場合は申告分離課税、法人株主場合は全ての損益を合算した上で課税所得を算出する、という違いがあるので、ぜひ覚えておきましょう。
株式譲渡の税金を具体例と共に算出してみよう
株式譲渡における税務上の内容について理解した所で、かんたんな株式譲渡の事例を通して、譲渡所得や税金の関係について整理しておきましょう。
【例】オーナー株主が所有するA社株式を2000万円でB社に譲渡した場合
(オーナー株主はA社設立時点で500万出資しているとする)
オーナー株主は取得費500万の株式を2000万円で譲渡しているので、譲渡所得は1500万となります。この譲渡所得に税率20.315%を乗じた値である「304万円」が、オーナー株主の株式譲渡所得に対して課される税金となります。
事業譲渡の課税対象額を算出する方法
事業譲渡における株式譲渡所得(損益)は、以下の式で算出されます。
株式譲渡損益(所得)= 譲渡対価 ー 譲渡対象事業の時価純資産額
事業譲渡における課税関係を考える上でのポイントは2つあります。
1つは、譲渡対象事業の中に消費税の課税対象となるものが存在する場合、消費税が発生する事で譲渡対価の額が変動する可能性がある点。
もう1つは、事業譲渡を行う上で「税務上ののれん」が発生しうる点です。「税務上ののれん」が存在する場合、譲渡側では譲渡益が発生する一方で、譲受法人側には無形固定資産である「のれん」が手に入るので、減価償却による税務上のメリットが生じることになります。
これら2つのポイントについて、以下で詳しく見てみましょう。
事業譲渡における消費税
譲渡対象事業が棚卸資産や建物、設備・ソフトウェアと言った消費税の課税対象となるものを含んでいる場合、事業譲渡を行う際に発生した消費税が譲渡対価に加算されます。
さらに、のれんも無形固定資産として消費税の課税対象となります。消費税の課税対象となりうる項目や、のれんの存在次第では高額の消費税が発生し、結果として事業の譲渡価格や株式の譲渡価格に大きな影響が出てきます。
消費税やのれんの存在も加味して、譲渡金額の算出を行うようにしましょう。
「税務上ののれん」とは?
のれんとは、支払い対価が取得物の時価純資産価額を上回る場合の、超過部分を指す言葉です。事業譲渡における税務上ののれんは、以下の式で算出されます。
税務上ののれん = 取得事業の抱える負債(時価)+ 支払い対価 − 取得事業の資産
税務上ののれんが認識できるケースは、
・非適格合併の一部
・事業譲渡のうち、非適格の分割や現物出資、または事業の譲り受け
の2つの条件のうちいずれかを満たす場合に限られます。
税務上ののれんに相当するものは「資産調整勘定」、負ののれんに相当するものは「差額負債調整勘定」と呼ばれます。
実際に発生するのれんがこれら2つのいずれに該当するかは、時価純資産価額(対象事業の資産から負債額引いたもの)と支払い対価の関係、つまり、事業譲渡の際に「買い手側が支払った金額」が「譲渡対象事業における純資産額を上回っているかどうか」により決まります。
【支払い対価>時価純資産価額の場合】
事業譲渡時に定められた譲渡価格が、譲渡企業の純資産額を上回っていた場合は、以下のような扱いになります。
帳簿上では、借方側に差額として「資産調整勘定」(損金)が発生し、この「資産調整勘定」を5年間の償却期間で償却していきます。
【支払い対価<時価純資産価額の場合】
事業譲渡時に定められた譲渡価格が、譲渡企業の純資産額を下回っていた場合は、以下のような扱いになります。
帳簿上では、貸方側に差額として「差額負債調整勘定」(益金)が発生します。「差額負債調整勘定」の償却期間は「資産調整勘定」の場合と同様に5年間(60ヶ月)となっています。
事業譲渡を行う際の税率
事業譲渡所得に課される税率は、法人株主による株式譲渡の場合と同様、約34%(法人税+法人住民税+事業税)となっています。以下の章で具体例と共に見ていきましょう。
事業譲渡でかかる税金を具体例と共に見てみよう
ここからは、実際に事業譲渡を行った際に、のれんや税率がどのように算出されるのかについて、具体例を用いて考えてみましょう。
【例】A社の事業を2000万円でB社に事業譲渡した場合
A社の事業におけるB/Sは、資産3000万円、負債2000万円、純資産1000万円と仮定します。
譲渡企業であるA社は、純資産1000万円の事業を2000万円で譲渡するので、差額分である1000万円に対して実効税率34%が課され、340万円の法人税が生じます。
いっぽう、譲受企業であるB社に関しては、時価純資産1000万円の事業に対して2000万円を支払っているので、借方側に差額の1000万円が「資産調整勘定」(損金)として発生します。
つまり、B社は事業に含まれていた1000万円の「負ののれん」を得たことになり、5年間かけて費用として計上していくので、節税に活かせると言えます。
「税務上ののれん」が存在する場合、譲渡法人側では譲渡益が発生する一方で、譲受法人側には「のれん」の償却による税務上のメリットが生じることになるのです。
株式譲渡・事業譲渡における税関連の相談は専門家に依頼しよう
本記事では株式譲渡と事業譲渡における税務上の特徴について、それぞれどういった税務処理が行われるのかといった点を中心にご紹介しました。
のれんや消費税、税務の関係からも読み取れる通り、株式譲渡・事業譲渡における課税関係はかなり複雑な仕組みとなっており、具体的な税額を正確に把握する為には専門家のサポートが不可欠であると言えます。
M&Aによる株式譲渡や事業譲渡を検討されている方は、専門知識を持つM&Aアドバイザーに相談した上で、自身のM&A事例ではどの程度の課税額が生じるのかを事前に把握しておく様に心がけましょう。
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