選択と集中は経営効率を高めるとよく言われています。しかし、この選択と集中は、令和になっても経営戦略として有効なのでしょうか。
この記事では、選択と集中とはどのようなものかを解説したうえで、メリット・デメリットや国内での導入事例も紹介していきます。経営戦略として選択と集中を検討している経営者や管理職の方は、ぜひ参考にしてください。
「選択と集中」は攻めの経営戦略
選択と集中とは、特定の事業分野に注力し、経営資源を集中させる経営戦略のことです。
事業は次の2つに分けられます。
選択と集中では、コア事業に集中的にリソースを投下し、ノンコア事業の規模を縮小させたり、場合によっては事業売却で切り離しを行います。
これまでは多角化経営が注目されていましたが、最近では選択と集中を行い、経営効率をあげて業績向上を図る企業が増えています。なぜなら、少子高齢化により労働力が不足している昨今では、ノンコア事業にリソースを割くことで、コア事業の人材が不足するリスクがあるからです。
選択と集中の戦略を取ることで、コア事業に注力し、コストカットしながらコア事業の価値を高められます。
「選択と集中」はピータードラッカーが提唱
選択と集中の概念を提唱したのは、経営の神様とされるピーター・ドラッカー氏と言われています。その後、ゼネラルエレクトリック(GE)社でCEOを務めたジャック・ウェルチ氏が、「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」を打ち出しました。
「選択と集中」はジャック・ウェルチの真意か?
ナンバーワン、ナンバーツー戦略は、業界で1・2番を誇る事業のみに経営資源を集中させるという経営戦略で、選択と集中に類似しています。実際、ウェルチ氏はこの戦略でGE社の業績を拡大させたのです。日本では、彼の著書が1990年代後半にベストセラーとなり、そこから選択と集中が普及しました。
しかし、この「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」において、ジャック・ウェルチは単に選択と集中を行うだけでなく、「マーケットシェアが1位か2位でない事業は、1位か2位になれるように早期に立て直す必要がある」との趣旨も語っています。
ジャック・ウェルチは単に選択と集中によって事業売却を推進するだけではなく、企業の事業を「リソースを投下できる価値のあるもの」に高めることも示唆していました。
つまり、「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」では、価値のある事業にfocus(フォーカス・集中)することが大切なのであって、必ずしも多角化を否定しているわけではありません。
選択と集中と多角化の違い
多角化経営とは、本業以外の事業にも幅広く経営資源を投入し、収益の柱を複数設けるというものです。
多角化経営のメリットには、以下が挙げられます。
●ある事業がうまくいかなくても、ほかの事業で補完・してリスクヘッジできる
●複数事業間でシナジー効果が見込める
●顧客のさまざまなニーズに対応できる
日本でも、選択と集中の概念が普及する前は、多くの企業が多角化経営を推進していました。
しかし、1990年代後半に入ってバブル経済が崩壊したことで、多角化経営が限界を迎えます。そこで注目されたのが、コア事業に集中してリソースを割く「選択と集中」です。
選択と集中は、多角化とは対照的です。選択と集中では以下の戦略を行います。
②競争力のある事業の見極め・リソースの投下
③ノンコア事業は人員削減・撤退・事業売却による切り離しなどを行う
選択と集中は、多角化経営に代わりコア事業にリソースを投下することで、収益・事業価値・効率化の向上を図ります。
選択と集中は愚策?古い?看過できないリスクについて
選択と集中は、企業の効率的な経営を実現する戦略として注目されていますが、実は現代の企業経営には馴染まない古い概念であると評されることもあるのです。
そもそも、ウェルチ氏が元来唱えていた「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」と、現在広まっている選択と集中の考え方には違いがある、という指摘もあります。
ウェルチ氏は、GE社のCEOとして新規事業や事業買収にも取り組んでいました。そのため、必ずしもコア事業にのみ注力していたわけではありません。選択と集中は、もともと多角化を否定するものではない、という点には注意が必要です。
また、収益の柱が限定されてしまう選択と集中は、現代の変化が激しい市場には馴染まないという声もあります。実際、2008年のリーマンショックでは、選択と集中を行っていた多くの企業が不況に苦しみました。
さまざまなリスクがあり、変化が激しい現代において、選択と集中が必ずしも正しい戦略であるとは限らないのです。
「選択と集中」と「集中戦略」
ここからは「選択と集中」の「集中戦略」に着目していきましょう。
集中戦略とは、ターゲットをヒト、モノ、地域のように特定に絞って集中して行うビジネス戦略です。集中戦略は、少ない予算やリソースを有効に活用するために行われる戦略で、特に中小企業で取り入れられています。
集中戦略には、例えば以下が挙げられます。
●コスト集中
●差別化集中
中小企業では、コスト集中・差別化集中をそれぞれ取り入れることで、次のようなメリットがあります。
○競合ができにくい
○大企業が参入しづらい
集中戦略を取る分野がニッチであればあるほど、大企業が参入しにくくなります。なぜなら、ニッチな分野では潜在顧客・顕在顧客ともに少なく、大企業が参入しても利益が出ない可能性が高いからです。
一方で、集中戦略には以下のデメリットもあります。
○状況・環境の変化に弱い
○大企業が参入する可能性がゼロではない
集中戦略を取っていると、環境の変化に弱いというデメリットがあります。特に中小企業では経済規模が小さいので、コロナのようなパンデミックでコア事業にダメージを受けると、立ち直れない可能性もあります。
また、どんなにニッチな分野でも、大企業が参入してくる可能性はゼロではありません。1つのコア事業に集中する戦略は、コスト削減ができる一方で、大きなリスクを背負っているともいえます。
選択と集中の4つのデメリット
上記のように、選択と集中には看過できないリスクがあり、ハイリスクハイリターンな経営戦略といわれています。そのため、取り入れる際はデメリットについて理解することが大切です。
選択と集中には、以下の4つのデメリットがあります。
2.終身雇用と相性が悪い悪い
3.人材過剰により優秀な人材の流出が生じる恐れがある
4.従業員や株主からの反対が起こる
1.市場の影響を受けやすい
選択と集中では、収益の柱となる事業分野が限定されます。その事業分野を取り巻く市場環境の変化が、業績にダイレクトに影響するのです。具体的には、法規制の強化や競合他社の出現、ニーズの減少といった市場変化の影響を受けやすくなるでしょう。
うまくいけば大幅な経営効率化と収益拡大を見込める一方、リスクが大きく、市場の変化によっては企業の存続が危ぶまれてしまう可能性もある点は見逃せません。
2.終身雇用と相性が悪い
選択と集中では、ノンコア事業の規模を縮小させるために人員削減が行われます。人員削減のためには、自主退職や解雇といった形で従業員を退職させる必要があるのです。
しかし、日本においては未だに終身雇用が一般的であり、大規模な人員整理は非難されることもあります。このように、人員整理を伴う選択と集中は、日本の雇用システムと相性が悪く、推進するのは難しいのがデメリットです。
3.人材過剰により優秀な人材の流出が生じる恐れがある
選択と集中では、ノンコア事業の人員削減が必要であり、余剰人員が発生します。人員削減を行った結果、世間からのイメージが低下し、企業内でも信頼の低下や、残された従業員のモチベーションダウンといった事態が発生する可能性は否定できません。
その結果、優秀な人材までも外部に流出してしまい、必要な人員の確保が難しくなる恐れはあります。
4.従業員や株主からの反対が起こる
選択と集中は、従業員や株主からの反対が起こりやすい経営戦略です。特に、株主から反発が起こりやすい点がデメリットです。
選択と集中は短期的に経営を効率化させ、収益を上げるためには有効な手段ですが、中長期的な収益拡大を求める株主の意向にはそぐわない面もあります。
また、短期的な利益確保を目的とした株主が増えるリスクも高いでしょう。そのため、選択と集中を推進する際は、従業員や株主に対して丁寧に説明したり、新規株式発行や第三者割当増資といった施策を行ったりして共感を集める必要があります。
選択と集中のメリット5つ
選択と集中にはさまざまなリスクはありますが、メリットも大きいです。成功すれば、大幅な収益アップが見込まれます。
選択と集中のメリットは、以下のとおりです。
2.経営が安定する
3.効率的な事業活動を展開できる
4.イノベーションの創出につながる
5.売却益を得ることができる
ここでは、選択と集中のメリットについてそれぞれ解説します。
1.大幅なコストカットにつながる
多角化経営の場合、まだ自社が高度な知識や技術を有していない事業があり、非効率な経営になっている可能性もあります。一方、自社が得意とする事業であれば高度な技術や知識を有しているため、効率的な経営ができるでしょう。
そこで、選択と集中という手段を採ることで自社の強みとする事業に特化し、無駄のない経営を行うことができます。それに伴って、大幅なコスト削減も可能です。
企業の競争戦略の中には、コストリーダーシップという戦略があります。この戦略は、価格を安く設定して顧客を惹きつけることで、ライバル社より優位に立つことができる、というものです。
すでに述べたように、選択と集中では経営資源を集中させることでコスト削減を図ることができるため、削減分をコストに反映させるとコストリーダーシップ戦略を展開できます。
2.経営が安定する
選択と集中では、競争力のある事業に十分なリソースを避けるため、高い成果が期待でき、経営が安定するというメリットがあります。コスト削減や売上増加に有効な手段です。
国内でも、選択と集中を採用して経営を安定させた事例が存在します。コア事業を適切に見極めることで、経営の安定につながる可能性が高い点はメリットです。
3.効率的な事業活動を展開できる
多角化経営ではさまざまな事業に経営資源を投下するため、リスク分散ができる一方、効率が悪いという課題があります。
選択と集中では、注力する事業分野を絞り込むことで、無駄を防いで効率的にリソースを投下できます。経営資源に見合った成果を得られる場合が多いです。
また、質の高いマーケティング戦略にもつながります。自社の主力事業で新商品開発や顧客満足度改善に注力することができるため、商品イメージアップにつながり、さらなる売上や収益の増加が期待できるのです。
4.イノベーションの創出につながる
選択と集中では、イノベーションの創出も期待できます。企業が事業に投下する経営資源は、カネだけではありません。ヒト・モノ・情報も含まれます。
特に、収益の柱として注力するコア事業にヒトを投下することで、さまざまな知識やスキルを持った人材が集まり、イノベーションが生まれる可能性は高いでしょう。
従業員同士のコミュニケーションも活性化され、そこから新たな戦略やアイデアが生まれることも期待できます。
5.売却益を得ることができる
選択と集中では、ノンコア事業を売却して切り離す例も多く見られます。事業売却で得た利益をコア事業の経営に回すことで、さらなる競争力アップや収益増大が期待できるのです。
また、売却した事業が負債を負っていた場合は、事業売却で得た資金を負債の返済に充てることもできます。このように、ノンコア事業を売却して資金を得られる点は、選択と集中の大きなメリットです。
選択と集中を成功させるポイント
ここからは、選択と集中を成功させるポイントを紹介します。
選択と集中を成功させるポイントは以下の3つです。
◉長期の事業計画を立てる
◉組織再編を恐れない
◉専門家に相談する
それぞれ詳しく見ていきましょう。
長期の事業計画を立てる
選択と集中を成功させるためには、長期の事業計画が大切です。なぜなら、選択と集中ではリスクを減らして収益を最大化することが最大の目的だからです。
とはいえ、長期の事業計画を立てるために必要なことは次の2つです。
●企業ブランドの確立
●事業ポートフォリオの作成
まずは事業ポートフォリオを立てましょう。事業ポートフォリオとは、自社事業それぞれの収益だけでなく、成長性や安定性を可視化することです。事業ポートフォリオを作成することで、今後のコア事業とノンコア事業を客観的に見定められます。
事業ポートフォリオによってコア事業が決まったら、企業ブランドの確立も必要です。ジャック・ウェルチが推奨した選択と集中では、ノンコア事業の売却だけでなく、事業そのものの価値を高めることも示唆されていました。
企業ブランドの確立は、事業そのものの価値を高めるという点で有効といえるでしょう。
組織再編を恐れない
選択と集中では、ノンコア事業を分離したり、売却することでコア事業に資金とリソースを投下します。この際、切り離されたノンコア事業にいたメンバーをどうするかは悩みの種です。
しかし、コア事業に集中すると決めたら、思い切って組織の再編を行うことが成長への近道です。何のためにコア事業に集中するのかをよく考え、より効率的で収益の出せる組織に再編していきましょう。
専門家に相談する
選択と集中を成功させる最大のポイントは「専門家に相談する」です。なぜなら、M&Aで有効な「企業価値」は事業価値と「非事業資産」から形成されているため、専門家による的確な事業価値の算定が必要だからです。
「選択と集中」戦略の成功事例
ここまで紹介したように、選択と集中にはメリット・デメリットがあります。実際、シャープは得意の液晶テレビに特化することで「世界の亀山(シャープの亀山工場)」とまでいわれるようにはなりましたが、韓国をはじめとするアジア企業の台頭で競争が激化し、赤字体質に陥りました。
では、選択と集中を成功させた企業はどのように進めたのでしょうか。ここでは、日立製作所とキャノンの事例を紹介します。
日立製作所
リーマンショックに端を発し、日立製作所の2009年3月期の決算は過去最大の損失を計上し、7,837億円の最終赤字に至りました。これを契機に、日立製作所では選択と集中に取り組み始めます。
選択と集中を進める中心的人物となったのは、2009年4月1日付で執行役会長兼執行役社長に就任した川村隆氏です。川村氏は「赤字は悪」と考え、不採算事業の縮小を進める一方、情報通信システム、電力システム、環境・産業・交通システム、社会・都市システムに特化した事業を推し進めます。
結果、2011年3月期決算で過去最高益を計上し、V字回復を果たしました。
キヤノン
国内企業の中で早い段階に選択と集中を取り入れて成功させたのがキヤノンです。バブル崩壊後の1995年に社長に就任した御手洗冨士夫氏は、赤字事業だったPC部門から撤退し、利益率の高いインクカートリッジに経営資源を集中しました。
キヤノンの選択と集中で特徴的なのが雇用方法です。すでに述べたように、選択と集中には人員整理を伴いますが、御手洗氏は「経営手法は世界共通だが、雇用はローカルに徹する」という哲学のもと、終身雇用を守りました。一方で、年功序列をよしとせず、実力主義を取り入れた点も特徴です。
メリット・デメリットを踏まえた有効な選択と集中を
今回は、経営戦略の1つである選択と集中について、内容やメリット・デメリット、国内での導入事例を紹介しました。
選択と集中は、ハイリスク・ハイリターンの経営戦略です。注力するコア事業を適切に見極めれば、経営を効率化し、収益を大幅に拡大させられる可能性を秘めています。
一方でデメリットもあるため、メリット・デメリットを勘案して、採り入れるべきか検討しましょう。
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