今回は、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響下にて注目を集めているM&Aプラットフォーム市場の展望についてのレポートを発表します。
大型M&Aが激減する一方、中小M&Aは過去最高に
世界的な新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、クロスボーダーを中心とする大型M&Aが大幅に減少する一方、中小規模のM&Aは急激に増加している実態が各種調査会社の調査結果で明らかとなりました。
調査会社によると日本の2020年上半期(1~6月期)のM&A総額は2兆9111億円にとどまり、これは半期ベースで実に16年半ぶりの低水準となっています。
また、金融データ・プロバイダーであるリフィニティブの調査でも同様に、日本関連M&A公表案件は5.1兆円と前年同期から42%もの減少となり、これは2013年以降最低の水準です。この記録的な減少はクロスボーダーや業界再編に絡む1,000億円超の大型M&A案件の大幅な減少がその主要因であるといえます。
例えば、リフィニティブの調査では大型M&A案件は件数ベースで前年比75%あまり減少し、僅か5件、取引金額ベースでも1.3兆円と実に72.7%の減少という記録的な減少となりました。国際的な大型M&Aは新型コロナウイルス感染症の影響をもっとも大きく受けた分野であるといえ、ワクチンの開発等、劇的な状況改善が進まない限り、その回復には相当の時間を要するものと思われます。
しかし注目すべきは、大型案件が激減する一方、M&A全体の案件数は2,178件と過去最多を記録したことです。
この背景として、ここ10年来に渡って指摘されてきた日本の中小企業の深刻な事業承継問題が存在していますが、中でも新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、中小企業経営者が一気に同族承継からM&Aに舵を切ったことが大きな要因であると推定されています。
バトンズでは、新型コロナウイルス感染症の拡大がどのように中小企業経営者の意思決定に影響を及ぼしたのかについて、2020年6月に全国の中小企業経営者を対象とした調査を実施しました。
この調査は、緊急事態宣言発令前の2020年2月以前と比べ経営者の買収意向と売却意向がどのように変化したのかを比較したもので、その結果買収意向については買収に前向きな経営者が64.8%に上り緊急事態宣言前より7.2ポイント増、売却意向については前向きに考えている経営者が60.3%の9ポイント増といずれも大幅に上昇したとの結果となっています。
第三者承継支援総合パッケージの発表と小規模M&A市場の拡大
こうした中小M&A市場の急拡大を後押しした要因の一つに、国の事業承継政策の大転換があげられます。従来、国は数度にわたる事業承継税制の改定など主として親族内承継の推進に力を入れてきました。しかし近年親族外の第三者への承継(M&A)が急増し、中小企業においても事業承継の主流を占めつつあるのが実態です。
例えば、全国の都道府県に設置された国の委託事業である事業引継ぎ支援センターに寄せられた事業承継に関する相談は過去最多の11,514 社となり始めて1万件を突破。実際の成約件数は前年比27%増の1,176 件でしたが、実にその3分の2以上を第三者承継(M&A)が占めます。
また、成約件数の内訳を見ると譲渡側の61.1%が売上1億円以下の小規模企業となっており、国内の企業の87%を占める小規模企業の存続を考えると、小規模事業者の第三者承継(スモールM&A)の推進が特に政策的に重要なテーマとなりつつあると考えられるでしょう。
こうした状況を踏まえ2019年12月に経済産業省は10年間の集中実施政策として「第三者承継支援総合パッケージ」を発表。
これは年間6万者、10年で60万者の事業者に対し、第三者承継の実現を目指すというものです。
全国の事業引継ぎ支援センターの成約数が親族承継も含めて年間1000件あまり、民間企業のM&A成約数を併せても数千件と推定されている中、これは極めて野心的な計画であるといえます。
中小M&Aガイドラインで初めてM&Aプラットフォーマーの利用推進を明記
こうした状況下、中小企業庁は2020年5月、2015年3月に策定された第三者承継推進の嚆矢とされるM&A「事業引継ぎガイドライン」を全面改訂し、新たに「中小M&Aガイドライン」を策定しました。
同ガイドラインではM&Aのプロセスや手数料の考え方等を具体的に提示したのに加え、M&A専門業者に対しても行動指針を示すなど、中小M&Aマーケットの拡大という現状を反映した個別具体的な内容となっていますが、その中で新たに付け加えられた大きな変更点の一つとして「M&Aプラットフォーマー」の利用が挙げられます。
M&Aプラットフォーマーとはバトンズに代表される売り手と買い手のマッチングサイトに、様々な専門家による仲介サービスを内包したインターネットを活用した新たな形態のM&Aサービスの総称です。
ここ数年で登場したこの新しいM&A支援機関の利用をガイドラインに織り込むため、事業引継ぎガイドライン改訂検討会委員には従来の学識者や民間大手M&A&仲介会社に加えて、バトンズをはじめとするM&Aプラットフォーマーも名を連ねて論議が行われました。
その結果、特に小規模な事業者について「M&A プラットフォームの活用を積極的に検討することが望まれる」という文言が明記され、我が国の第三者承継推進政策の一翼を担うものとして大きく注目されています。
経営資源引継ぎ補助金制度の創設
2月より本格的に拡大を始めた新型コロナウイルス感染症が中小企業に与える影響を憂慮し、迅速な第三者承継を後押しすべく、中小企業庁は2020年7月に「経営資源引継ぎ補助金」の受付を開始しました。これは新型コロナウイルス感染症の影響で廃業が懸念される中小企業の事業再編・事業統合等に伴う経費の一部を補助する新設の補助金ですが、特筆すべきは新型コロナウイルス感染症等の影響により対面での交渉が難しいという判断から、新たにM&Aプラットフォームのシステム利用料についても補助金の対象となったことが挙げられます。
従前、事業承継関係の補助金としては「事業承継補助金」が存在したが、その採択件数は118件、採択率は6割程度に過ぎませんでした。
しかし、経営資源引継ぎ補助金は36億円の予算から950件の採択を目指しているとされ、こうした政府による第三者承継推進政策は、コロナ禍での中小企業経営者のM&A検討意欲の高まりとともに、中小、小規模企業M&Aの拡大の大きな後押しとなると考えられます。
スモールM&A市場の出現と拡大
こうしたM&Aプラットフォームの利用拡大によって、もう一つ大きく注目されるのが、従来の起業の代替手段として、サラリーマンなどの個人がM&Aで会社を買って経営していく事例が数多く生まれたことです。
バトンズの前身である「@net(アットネット)」において、早くも2013年3月に東京都内の歯科医院を個人の勤務医が承継した事例が生まれていますが、ここ数年は個人を買い手としたスモールM&Aが多数成約しています。
この全く新しい市場は従来の仲介会社のクローズドな市場では到底起こり得なかったものであり、まさにインターネットによるM&Aプラットフォームの普及によって新たに誕生した市場であるといえます。新たに生まれた膨大な買い手の出現は127万者とも言われる後継者難によって廃業が懸念される事業者の第三者承継に大きな光明をもたらすものと期待される所以であります。
もちろんM&Aプラットフォームの利用価値はこうしたスモールM&Aに留まらず、今後更に拡大していくことが考えられます。他の産業分野で見られた人的なリソースに依存したローカルモデルがI T化されることで生産性が高まり、同時に飛躍的な量的拡大を果たしたことと同様の出来事がM&A業界において繰り返されることは十分考えられることです。
米国などのI T先進国では既に小規模企業のM&Aの大半はネット取引となり、最大手のプラットフォームでは常時7万件以上の案件が閲覧可能なほどでありますが、同様に我が国においても将来的には年商5億円以下の市場で行われるM&Aの大部分が、人の力のみで仲介を行うモデルからインターネット上でのマッチングに切り替わる可能性があります。
今後M&Aプラットフォームの普及により、米国と同様の量の経済が動く状況となれば、経済産業省が目指す年間6万者の第三者承継の実現も現実的なものとなってくるでしょう。
M&Aニーズの変化に対応できるかが鍵に
先に触れたバトンズの調査において、会社・事業の売却を実施、検討した理由のトップ3は経営不振が53.7%、将来不安が46.3%、事業再編が46.3%でありました。
それに次ぐ形で、後継者不在が31.3%となっており、従来中小M&Aの主要因と考えられてきた事業承継問題より、現実的な経営不安が売却の主要素として挙げられるようになったことは注目に値する出来事です。つまり、既にM&Aは将来の関心事ではなく、直近に差し迫った経営課題である、ということです。
一方、会社・事業の買収を実施、検討した理由として挙げられたのは市場変化への対応のためが70.8%、自社のウィークポイントの補強のためが62.5%で、従来不動のトップであった事業拡大のためが54.2%で第3位に後退するなど、まさにコロナという突然の状況の変化に対する対応策としてM&Aが検討されているという状況がわかります。
このことは、M&Aサービスを提供する専門家、事業者に対して重要視する点は何かという質問の結果にも現れています。これによれば、手数料が安いことが45.0%、専門家によるサポートが受けられることが43.2%とあり、ここまでは以前とそう大きく変わらないものの、新たに成約までのスピードが早いことをあげたのが33.3%と3位につける結果となっています。
コロナ以前のM&A業界の主要テーマは、2025年問題と呼ばれる中小企業の事業承継問題の解決にありました。しかし、現在では売り手買い手ともに、コロナによって激変したマーケットに、迅速に適応するための手段としてM&Aを検討しており、各種M&Aの専門家、仲介会社は大きく変化した顧客のニーズに的確に対応することが望まれています。
M&Aプラットフォームの普及はこうしたニーズに合致するもので、今後更に幅広い層に活用されることになると考えられますが、一方で専門知識を持たない素人の相対交渉によるトラブルの多発や、ネットに精通した専門家、特に地方における担い手の少なさなど課題も多く存在します。
今後、多種多様な選択肢の中から迅速にマッチングが可能であるというネットの特性を生かしつつも、M&A専門家の介在により、いかにトラブルなく安全なM&Aを可能にできるかが、日本においてもIT先進国の米国などと同様にM&Aプラットフォームが本格的な普及に至るかどうかの試金石となると考えます。
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