M&Aといえば、大きな企業が自分よりも小さい同業者(経営悪化した競合企業や下請企業など)を吸収するというイメージが根強くあります。ところが実際のM&Aでは、企業規模についても業種についても多種多様な組み合わせが見られます。一見結びつきそうにない業種の間でM&Aが成立する事例も近年ではさほど珍しくありません。
この記事では異業種間M&Aのメリットを解説し、大小さまざまな規模の実例を紹介していきます。
M&Aは異業種マッチングでこそメリットを最大化できる理由
同業者間のM&Aは比較的スムーズに事が運びやすいものの、どちらかといえば後ろ向きの成果に終わってしまいがちです。一方、異業種間M&Aはハードルが高いと思われる反面、高いイノベーション効果が期待できます。それぞれのM&Aの効果を簡単にまとめてみましょう。
同業種間M&Aの効果
同業種間のM&Aでは成立後の事業の青写真が描きやすく、買収・合併を行う側の企業(存続会社)は言わばこれまでの事業の延長としてM&Aを行うことができます。販路拡大や生産力増強といったわかりやすい成果が期待できるのがメリットと言えます。
しかし、同業どうしだからこそあちこちに無駄な重複や衝突、摩擦が生じやすいという面もあり、2つの経営体を統合させることは決して容易ではありません。組織を合理化し、新企業としてのアイデンティティや新しい事業アイディアを組織に浸透させるためにはそれなりの時間やコストがかかることも覚悟しておかなければなりません。
そのため、結局は存続会社がもっぱら旧来のやり方に合わせて事業を吸収することになってしまい、M&Aの効果は不足していたリソース(ヒト・モノ・カネ)を補うことだけに限定されてしまいがちです。事業を譲り渡す側の企業(消滅企業)の雇用が守られにくいというデメリットも出てきます。
また、縮小産業において生き残りをかけて同業者どうしが合併したり、まだ余力のある企業が脱落しつつある競合を買収したりする場合には、せっかくのM&Aの効果が長続きせず、共倒れに終わってしまう恐れがあります。
異業種間M&Aの効果
異業種間M&Aでは、存続会社がこれまでと違った事業に乗り出すことになるため、従来の経営からの跳躍が必要です。しかしその分、新しいビジネスモデルを生み出してイノベーションを巻き起こすチャンスは大きくなります。同業種間に比べて大きなシナジー効果が期待できるからです。
組織間のすり合わせが比較的少なくて済むのも利点ですが、M&Aの効果をプラスにするためには買収・合併した事業そのものを十分に活かすことが必要です。これは大きな課題ですが、この課題に真剣に向きあう限り、効率化を求める要求が自然に高まり、組織が変化に対して積極的になり、イノベーションの実現可能性が高まるというメリットが生じます。必要なのは発明の母、というわけです。
未知の事業を引き継ぐには従業員も引き継ぐのが効率的ですので、異業種間M&Aでは消滅会社の雇用が守られやすい傾向があり、これもメリットと言えるでしょう。
あの企業も異業種M&Aを行っている!大手企業の事例
誰もが名前を知っているような大手・有名企業のなかにも、異業種間M&Aで今の地位を築いたり、今後を見据えて積極的に異業種を吸収したりしている例が多々あります。事例をいくつか紹介します。
EC事業者が異業種吸収でコングロマリットへ|楽天
楽天株式会社はオンラインモール事業者として出発し、現在では金融、保険、旅行、モバイル通信、プロスポーツなどの多業種にわたるコングロマリットを形成しています。成長の原動力となったのは積極的な異業種間M&Aです。
楽天が「楽天市場」を開設したのは1997年。当時はEC業界の黎明期にあたり、楽天は先行利益を活かして急成長します。2000年には株式公開を果たし、以後積極的なM&Aに打って出ます。
ポータルサイトのインフォシーク、宿泊予約のマイトリップ・ネット、三井住友銀行系のDLJディレクトSFG証券、銀行系消費者金融のあおぞらカード、イーバンク銀行、アイリオ生命保険、モバイル通信のViberなどを次々と子会社化・吸収合併し、現在にいたります。東北楽天ゴールデンイーグルスとヴィッセル神戸の設立・運営もよく知られるところで、ブランディングに大いに貢献しています。
住宅メーカーが介護ロボットやキャッシュレス決済に新規参入|大和ハウス
総合住宅メーカーの大手、大和ハウス工業株式会社はロボット開発ベンチャー企業サイバーダインと資本提携を行い、キャッシュレス決済サービスのロイヤルゲートを子会社化しています。いずれも既存事業を活用して事業拡大を図る戦略です。
サイバーダイン株式会社は筑波大学の研究者によって設立された企業で、人間の身体機能を補助・拡張するロボットスーツ(装着型サイボーグ装置)「HAL」を開発しています。
一方、大和ハウスは医療・介護施設向けソリューションやスポーツ施設運営の事業も展開しています。今後各種施設でロボット利用が広まっていくことを見越し、2008年に第三者割当増資を通してサイバーダインと業務提携を結び、独占的取引代理店として「HAL」のリース・レンタル事業を統括することになりました。
2018年には、東京オリンピックに向けた決済インフラ拡充の動きなどをにらみつつ、キャッシュレス決済サービスを運営する株式会社ロイヤルゲートを子会社化。店舗建築40,000件超の実績や約4000社のテナント企業とのリレーション、そして約230のグループ内施設・店舗運営(ホテル、ホームセンター、スポーツクラブなど)を活かしながら、キャッシュレス決済事業への展開を図っています。
介護業界への異業種参入|ソニーフィナンシャル
少子高齢化、介護保険制度創設、介護福祉施設の人手不足・経営難などを受け、2000年前後から異業種企業による介護業界への新規参入が活発化しています。独自に介護事業を創設したのちM&Aにより拡大するケース(SOMPOやALSOKなど)と、M&Aを基点として参入するケースがあります。ここでは後者の例としてソニーフィナンシャルホールディングスの事例を紹介します。
ソニーフィナンシャルホールディングス株式会社は介護事業を生命保険・損害保険・銀行の3事業に続く第4の柱と位置づけ、介護付有料老人ホーム「ぴあはーと藤が丘」を運営するシニア・エンタープライズ株式会社を2013年に子会社化して、ソニー・ライフケア株式会社を設立しました。
さらに、2017年には介護付有料老人ホーム「はなことば」などを運営する株式会社ゆうあいホールディングスを子会社化。旧2社の地盤をもとにして東京・関東を中心とする東日本に介護施設を展開しています。
メセナ活動と連動した宿泊業進出|ニトリによる老舗旅館「銀鱗荘」の事業承継
株式会社ニトリは企業が資金を提供して文化活動・芸術活動を支援するメセナ活動の一環として、文化継承推進のための基金や「小樽芸術村」などを設立・運営し、文化・芸術の振興と、本社のある地元北海道の観光発展を支援しています。そして2018年にはさらなる観光振興を目指して小樽の老舗旅館「銀鱗荘」の事業を承継しました。
小樽はかつて「北のウォール街」とも呼ばれ、北海道経済の礎となった土地。「小樽芸術村」は今に残る歴史的商業建築4棟をもとにした複合施設で、往時の建物を活かした美術館と、歴史的建造物そのものを鑑賞する施設からなります。
小樽を含む北海道日本海沿岸では江戸時代から昭和初期にかけニシン漁が大いに栄え、漁で得られた資金をもとに網元たちは贅をこらした邸宅(鰊御殿)を建設しました。余市に残された鰊御殿を隣町小樽の景勝地、平磯岬に移築して作られたのが「銀鱗荘」で、昭和14年の設立以来、歴史的建築を活かした料亭旅館として営まれてきました。
ニトリによる「銀鱗荘」の事業承継は、「小樽芸術村」を初めとした小樽地域の観光振興と連動しており、ひいてはニトリブランドの向上につながるシナジー効果が期待されているものと見られます。
スモールM&Aでも異業種マッチングが当たり前に!
小規模の会社や個人事業者の間で行われるスモールM&Aでも、異業種間の事例はすでに一般的なものとなっています。さらに言えば、規模が小さいからこそ意外なマッチングが功を奏したり、驚くようなビジネスモデルが創設されたりすることもあるのです。
ここではBatonzのマッチングにより成立した意外な業種間のM&A事例を紹介します。
水道工事屋さんとシェアハウスの成約事例
水道工事を請け負う会社がシェアハウス事業をM&Aで取得した事例です。シェアハウスの賃貸管理と水回り工事を一社でまかなうことにより、高い経営効率と収益率を実現しています。
ホテルとオンライン通販会社の成約事例
空室の目立っていた地方のホテルとオンライン販売業者という異色の組み合わせの事例です。人を泊めるための客室をモノ(商品)を収容し管理するために使う、という逆転の発想で成立したM&Aです。
デザイン会社と漬物屋さんの成約事例
地元の名産品として知られた漬物の生産事業をデザイン会社がM&Aで承継した事例です。デザイン会社がブランディングを請け負うことで廃業寸前の事業者を救うというのではなく、事業そのものを承継しているのがユニークです。また、M&Aのための資金をクラウドファンディングで調達しているのもポイントです。
意外なマッチングにこそ事業成長のチャンスがある
M&Aを通した異業種間の出会いは、大企業からスモールビジネスにいたるまで、あらゆる規模の企業に事業拡大・承継のチャンスを提供します。同業種や隣接業種とのマッチングだけ考えている間は解決不能と思えた難問が、異業種との意外な出会いによって解決することもあるのです。
現在ではM&Aを希望する企業どうしがインターネットを介して主体的に情報を出しあえるようになり、専門家に依頼して大がかりな情報収集を行わなくても適切な相手を見つけ出すことが容易になりました。財務・法務面の支援も得られやすくなっています。異業種間のスモールM&Aで事業拡大・承継を行うチャンスが大きく広がっている時代と言えるでしょう。
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