経済産業省の調査によると、後継者不足を理由に2025年までに廃業する危機にある事業者の数は127万者も存在します。
そこで後継者不足を解消する手段として、近年注目されているのがM&Aによる第三者承継です。しかし現時点では、年間のM&A件数は約4000件であり、M&Aによって事業承継できた事業者の件数は政府が掲げている事業承継で廃業の危機にある事業者のうち0.003%に満たない数です。
今後5年のうちに127万者もの中小企業がそのまま廃業してしまうとなると、日本全体であらゆる悪影響が生じると言われており、M&Aによる第三者承継は国を挙げて緊急の課題となっています。そこで今回は、127万者もの中小企業が少しでも円滑にM&Aという手法で事業承継を実現するために、売り手が準備すべきことについて分かりやすく解説していきます。
127万者が廃業した時の日本はどうなる?
127万者もの中小企業が廃業した場合、日本では下記3つの事態が生じると危惧されています。
国のGDPがおよそ22兆円も減少
127万社の中小企業が廃業するということは、国内の経済を支えてきた多くの中小企業がいなくなってしまう事態を意味します。その結果、国のGDP(国内総生産)が約22兆円も減少する可能性があります。
ちなみに、2019年度の日本における実質GDPは536兆円です。およそ4%ものGDPが減少してしまう点を踏まえると、中小企業の廃業がいかに深刻な課題であるかが分かるでしょう。
650万人の雇用が喪失
中小企業の廃業により減少するのはGDPだけではありません。中小企業庁のデータによると、2025年までに累計でおよそ650万人もの雇用が喪失する可能性が示唆されています。とくに中小企業の場合、長年勤めてきた高齢者の従業員が多く在籍しています。
高齢者が再就職先を見つけることは難しいため、こちらも深刻な課題と言えるでしょう。
貴重なノウハウや技術が失われる
中小企業の多くは、長年の事業運営で培ってきたノウハウや技術を持っています。たとえば小さな町工場であっても、大企業が持っていないような優れた技術を持っていたりします。
中小企業127万者が廃業してしまうと、日本経済を支えてきた貴重なノウハウや技術も大量に失われてしまう恐れがあります。技術やノウハウが失われることで、国際的な競争力の低下も危惧されています。
参考:中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題 中小企業庁
廃業よりも、第三者承継のほうが売り手にメリットがある理由
そこで廃業してしまうよりも、メリットが多い事業承継の選択肢の一つとして注目されているのが、M&A(第三者承継)です。M&A(第三者承継)を実施した方が良い4つの理由は以下です。
①廃業コストがかからない
会社を廃業した場合、最低でも解散登記と清算人の登記で3万9,000円、清算結了登記に2,000円、官報への掲載におよそ3万円の費用がかかります。つまり最低でも7万円もの費用がかかってしまいます。専門家に依頼したり不要な資産の処分などを行う場合は、さらに数万円〜数十万円単位で費用がかかるケースもあります。
一方でM&Aにより第三者承継を実現できれば、廃業する必要がないため上記のコストがかかりません。加えて、会社の価値が買い手に認められれば、多額の売却利益を得られます。
②役員借入金を回収できれば、自身の資産になる
中小企業の場合、役員個人からお金を借りる形で資金調達するケースがあります。役員から借りたお金を「役員借入金」と呼びますが、M&Aの際に役員借入金を回収できれば、経営者自身の資産を増やせます。
役員借入金の返済について契約書で定めている場合、M&A後に返済を要求することができます。そうでなくても、M&Aを実施する際に買い手と交渉することで、返済してもらえる可能性があります。
買い手が役員借入金の破棄をM&Aの条件として明示することもあるため、必ずしも役員借入金を回収できるとは限りません。しかし、回収できればご自身の資産になるのでチャレンジする価値は十分あるでしょう。
③事業を次世代に残せる
廃業した場合、経営者が長年積み上げてきた技術やノウハウ、ブランド力はすべて消滅してしまいます。
一方でM&Aにより会社を第三者承継すれば、技術やノウハウ、ブランド力など、事業に付随する付加価値を次世代に残すことができます。
④従業員の雇用を守れる
第三者承継により会社を残せば、従業員の雇用も守ることができます。
経営者にとって、自社の経営に貢献してきた従業員が職を失って路頭に迷う事態は何としても避けたいことでしょう。とくに高齢の従業員の場合、どこにも雇用してもらえないリスクも考えられます。
会社に貢献してきた従業員のためにも、廃業するよりは第三者承継により会社を存続させるべきなのです。
M&Aによる第三者承継を検討しているならば、まずは何をすべき?
M&Aによる第三者承継を実現する上で、売り手がやるべきことは沢山あります。その中でも、最優先で実施すべきことは下記の5項目です。
①正しい決算書(3期分)を準備する
買い手はM&Aの実施可否や買収価格を検討するにあたって、売り手企業の収益性や成長性、財務的な安全性を重視します。そうした項目を検討する際に用いられるのが、3期分の決算書です。
3期分の貸借対照表や損益計算書を確認することで、その会社が「どれくらいの利益を生み出すのか」や「今後事業はどの程度伸びるか」、「財務的なリスクはないか」を判断できます。
M&Aの取引では必ず必要となる書類ですので、前もって正しい決算書を3期分準備しておきましょう。事前に準備しておけば、慌てずスムーズにM&Aの交渉を進めることが可能です。
②借り入れがある場合は返済して、なるべく軽くしておく
M&Aで会社丸ごと承継する場合、買い手側は負債も引き継ぐことになります。借り入れが多いほど、買い手にとっては背負うリスクが大きくなるため、M&Aの取引が破談となったり、売却価格が安くなる可能性が高いです。
少しでも取引成立の可能性を高めるためにも、借り入れはできる限り返済しておきましょう。借り入れを少なくすることで、取引が成立しやすくなるだけでなく、高い値段で売却できる可能性も高まります。
③会社の資産を整理する
中小企業のM&Aで注意すべきなのが、会社名義の個人資産の取り扱いです。中小企業では、経営者の個人資産(車や自宅など)を会社名義にしているケースが少なくありません。
株式譲渡により会社を丸ごと第三者に承継すると、こうした個人資産までが買い手企業に移ってしまいます。自宅や車は第三者承継の後も使うでしょうから、ご自身の手元に残したいものです。
個人資産を手元に残すためには、まずは会社名義の資産のなかに個人的な資産がないかを確認しましょう。あった場合には、次に個人資産を手元に残す方法を考えます。具体的な方法としては下記3つが考えられます。
- 譲渡代金で買い手から個人資産を買い取る
- 名義を個人名義に変更しておく
- 売却代金の一部として個人資産を現物支給してもらう
具体的な方法を考えたら、あとは書いてに合意してもらえば手元に個人資産を残せます。
M&Aが終わってから個人資産を手元に戻すとなると、買い手にも迷惑をかけますし、最悪の場合取り戻せない可能性もあります。そうならないためにも、あらかじめ会社内の資産を整理して、個人資産への対策を考えましょう。
④従業員への対応を考えておく
M&Aにより第三者承継する上で、忘れてはいけないのが従業員への対応です。M&Aにより会社の経営権を第三者に承継した場合、従業員の雇用契約も買い手に移転します。従業員にとっては突然経営者が変わることになるため、モチベーションの低下や混乱を招く恐れがあります。
混乱やモチベーションの低下を少しでも和らげるためにも、役員など一部のキーパーソンのみに事前に伝え、最終契約を締結したタイミングで全ての従業員に伝える、といった対応を考えておきましょう。
⑤株主の整理
中小企業では相続などにより、株主が分散しているケースが多いです。第三者承継を果たすには原則全ての株式を買い手に譲渡する必要があるため、あらかじめ株式を集約させる必要があります。
株式を集約させる際には、基本的に対象株主と話し合いを経たうえで株式を買い取ります。ただし場合によっては、株式の買い取りを拒否される可能性もあります。その場合には、株式等売渡請求などの方法で強制的に株主から株式を回収できます。
株主が分散しているほどこのプロセスには時間がかかるため、M&Aの話がある程度まとまったら、早めに取り掛かる必要があります。
自分の会社の価値を正しく見極めること
買手から見て適正な価格でなければ、会社や事業を第三者に譲渡することは困難です。M&Aによる第三者承継を実現する上では、「自社の価値を正しく見極める」という点も忘れてはいけません。
会社(事業)を譲渡する側は、会社の価値を適正に判断しにくい
第三者承継を行う側の経営者は、長年経営していた自分の会社に強い思い入れを持っています。そのため、意識して適正な会社の価値を算定しようと思っても、どうしても高い値段をつけてしまう傾向があります。
一方の買い手は潜在的なリスクや収益性などをもとに、適正な視点で会社の価値を判断します。結果的に売り手と買い手の間で、会社の価値に対する認識に相違が出てしまい、M&Aの交渉が破談となるケースは少なくありません。
専門家に相談して、実際の価値を正しく見積もることが重要
上記の事態を避けるために、公認会計士などの専門家に相談し、実際の企業価値を正しく見積もることが重要です。
公平な目線を持った専門家に価値を算定してもらうことで、売り手と買い手の両者が納得したうえでM&Aを実施できます。
まとめ
資産の整理や株主の整理など、M&Aによる第三者承継で行うべきことはたくさんあります。
行うべきことを怠ると、買い手との交渉がスムーズに進まなかったり、不利な条件でしか譲渡できなくなります。スムーズに満足いく第三者承継を実施するためにも、一つ一つ入念かつスピーディーにM&Aの準備を進めましょう。
こんなお悩みありませんか?
つなぐマッチングプラットフォームです。
累計5,000件以上の売買を成立させています。
またM&Aを進めるためのノウハウ共有や
マッチングのための様々なサポートを
行わせていただいておりますので、
まずはお気軽にご相談ください。
編集部ピックアップ
- M&Aとは?流れや注意点、スキームなどを専門家がわかりやすく解説
- 事業譲渡とは?メリット・手続き・税金などについて専門家が解説
- 中小M&Aガイドラインとは? 概要や目的を詳しく解説
- 企業買収とは?M&Aとの違いは何?メリットや手続きの流れをわかりやすく解説
- 会社売却とは?M&Aのポイントや成功事例、IPOとの違いも解説
- 【完全攻略】事業承継とは?
- スモールM&AとマイクロM&Aとは?両者の違いとメリット・デメリットを解説
- 合併とは?会社合併の種類やメリットデメリット・手続きの流れ・必要書類を解説
- 後継者のいない会社を買うことで得られる多くの利点とは?
- カフェって実際のところ儲かるの?カフェ経営の魅力と開業方法
その他のオススメ記事
-
2024年09月17日
トラック・運送業のM&A動向 | メリットや事例について解説【2024年版】
運送業界は、 M&Aの需要が高まっている業界のひとつです。その背景には、後継者不足や2024年問題などさまざまな理由があり、事業規模の大小問...
-
2024年09月05日
未来への想いを共有できる会社とM&Aで手を組みたい。バディネットは、すべてのモノが繋がる社会を支えるインフラパートナーへ
2012年に電気・電気通信工事業界で通信建設TECH企業として創業したバディネット。2024年現在、5社の買収に成功して業容を拡大させています。今回は...
-
2024年08月05日
コラム/法務デューデリジェンスとは?流れやポイント、費用などを解説
デューデリジェンス(以下「DD」といいます。)は、M&Aの実施にあたり、関連当事者が種々の問題点を調査・検討する手続のことを指します。通常...