経営者が会社の譲渡を考えている場合、譲渡の実行に伴う課税についての情報収集は欠かせません。事業譲渡時と株式譲渡時は、それぞれに課税の特徴が異なるため、その違いを知っておくことは、経営者が意思決定をする場面で必要になるからです。
今回は、事業譲渡時の税金の特徴や注意点を株式譲渡時と比較しながら分かりやすく解説します。
1.事業譲渡と税金
事業譲渡では、売り手となる企業が買い手となる企業に対して事業に関わる資産を売却し、その売却代金を受け取ります。これにより、売り手企業に発生する利益は、法人税の課税対象となり、株主には税負担はありません。
また、事業譲渡では全部譲渡と一部譲渡が選択出来るため、その違いをしっかり理解する必要があります。以下、事業譲渡時の税金について、全部譲渡時と一部譲渡時に分けて説明します。
①全部譲渡時の税金
事業譲渡において、すべての事業を売却する場合を全部譲渡と言います。事業譲渡時の売却代金は売り手企業が受け取りますので、その売却によって得た利益に対し、売り手企業に法人税が課税されます。売却金額のうち、譲り渡す事業資産と負債の差額を越えた範囲が売却益として課税の対象となります。
また、法人税以外に地方法人税、法人住民税、事業税も課され、これら全てを合わせて実行税率として合算すると、売却利益の約30%となります。
さらに気を付けたい事として、事業譲渡では売却企業に対して消費税が課税されます。消費税は、事業の売却代金から消費税対象外の資産(土地など)を差し引いた額に消費税率を掛けた金額となります。仮に事業の売却代金を10億円とし、消費税の非課税財産が1億円とすると、9億円の10%、すなわち9,000万円が消費税として課税されることになります。資金計画を立てる際にはこれを理解しておくことが必要です。
次に在庫などの棚卸資産ですが、売却代金を事前に決定することができないため、事業譲渡日の棚卸の結果によって、法人税も消費税も変わってきます。このことから決算の期首に事業譲渡を実施することで、決算までの時間を多く作る事も一つの対応策としておすすめします。
②一部譲渡時の税金
事業譲渡では、一部の事業を残し、それ以外の事業を売却する一部譲渡が可能です。
例えばオーナー経営者が高齢のため現在の事業規模の継続が難しいといった場合、事業の一部譲渡が有効です。後継者がいない場合には、ご自身で継続可能な事業のみを会社に残し、その他の事業を売却してしまうことが可能です。また、後継者方がいる場合でも、能力面や時間的な問題などで全ての事業を承継することが難しいといった場合に、事業の一部譲渡が行われます。
一部譲渡においても全部譲渡に準じて、法人税、地方法人税、法人住民税、事業税、消費税が課税されます。
一部譲渡時を行い、残りの事業を承継した場合、相続税がかかります。気を付けなければならないのは、残りの事業を承継した場合に業種が変わってしまうと、自社株式の相続税評価が大きく変わってしまう場合があります。取引相場の無い株式の場合、承継時の自社株評価は「純資産価額方式」あるいは「類似業種比率方式」で算出されます。
一般的に類似業種比率方式の方が低く算出されますが、この方式は同様の事業を経営する上場会社の株価を参考にする評価方法の為、事業の一部譲渡によって業種が変わってしまうと税務署に否認される可能性があります。また、事業譲渡代金を役員報酬で受け取る場合、業務実態に合わない報酬として税務署に否認されることがある点も注意が必要です。
2.株式譲渡時との税金の違い
ここまでご説明した事業譲渡時の税金の特徴を、株式譲渡時と比較しながらメリットや注意点をまとめます。
事業譲渡によるメリットと注意点
事業譲渡のメリットは、事業の一部を残すことが可能である点、譲渡時に株主に課税負担が無い点、事業譲渡時の利益は、法人のその他の損益と合算可能である点です。
注意点としては、譲渡益にかかる税率が約30%と高いこと(個人では約20%)、譲渡する資産の種類によって消費税がかかる点、個人株主に利益を還元する場合には、所得税が課税される点です。
株式譲渡によるメリットと注意点
一方、株式譲渡のメリットとしては、創業者利益を現金で受け取ることができること、譲渡所得の多寡に関わらず税率はおよそ20%で同率であること、法人に対しては課税されないこと、消費税の課税は生じないことなどが挙げられます。
また、株式譲渡時の注意点としては、法人全体の譲渡となりますので、事業の一部を残すことはできないこと、譲渡所得に掛かる国税(所得税)と地方税(住民税)の課税時期が異なる点となります。
3.事業譲渡時の税法上の特徴まとめ
では、最後に事業譲渡と税金について、税法上の特徴を以下の表にまとめます。
M&Aの方法 | メリット | 注意点 |
---|---|---|
事業譲渡 | ・一部の事業を残し、それ以外の事業を売却する一部譲渡が可能 ・売り手企業に発生する利益は、法人税の課税対象となり、 ・事業譲渡時の利益は、法人のその他の損益と合算可能 |
・譲渡益に係る税率が約30%と高いこと(個人では約20%) ・譲渡する資産の種類によって消費税が掛かる ・個人株主に利益を還元する場合には、所得税が課税される |
株式譲渡 | ・創業者利益を現金で受け取ることができる ・譲渡所得の多寡に関わらず税率はおよそ20%で同率 ・法人に対しては課税されない ・消費税の課税は生じない |
・法人全体の譲渡となり、事業の一部を残すことはできない ・譲渡所得に掛かる国税(所得税)と地方税(住民税) |
今回は、M&Aの手法としての事業譲渡のメリットや注意点についてご説明しました。株式譲渡と比較しながら、ご自身の事情に合わせて、円滑なM&Aにお役立てください。
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