レポート

2018.11.12

よろしい!ならば戦争だ!戦前最大の業界再編とM&A戦争「電力戦」

▼ 最も激しいM&Aの形態「業界再編」

 

こんにちは。バトンズ運営人アンドビズCEOの大山敬義です。
あっという間に11月も中旬になりました。
残すところ今年もあとひと月半。歳をとると本当に一年が早いものですね。
さて、11月から全国各地で初めてのバトンズセミナーを開催しています。
予想以上に大勢の皆様においでおいただいて、本当に有難いのですが、お出での方とお話をして改めて思うのは、「M&A」という言葉から連想するイメージが、本当に人それぞれバラバラなのだなあ、ということ、
ソフトバンクが3兆円でARMを買収するのもM&Aなら、サラリーマンが個人事業を買うのもM&A。これほと全く違うものを、すべて一緒に表現している単語というのも思えば不思議なものです。
実務的にいえば、規模の大小だけでなく、何故M&Aを行うのか、という動機や状況によってもM&Aの形態は大きく変わります。
例えば資金繰り悪化による救済型M&A(企業再生型M&A)通称身売りと、最近よくある事業承継型M&Aでは全く意図するものも、状況も異なり、仮に両者を混同したなら、まず間違いなく売り手の逆鱗に触れ、二度と口も聞いてもらえなくなることでしょう。(実は意外とそういうこともあるのです)
もう一つ、最近増加しているM&Aで「業界再編型」というのがあります。
業界再編型というのは、一般に大きなシェアを占める支配的な企業がない業界内で、何かのきっかけでM&Aの嵐が吹き荒れ、最終的には数万の会社が、僅か数社の大企業やその系列に整理される出来事を言いいます。
中小企業の多い日本では非常に多いパターンのM&Aで一つですが、救済型M&Aのように赤字企業が多いわけでも、事業承継型M&Aのように跡継ぎがいない中堅中小企業が多いわけでもなく、赤字だろうが黒字だろうが、後継ぎがいようがいまいが、大小の区別さえ関係なく、最終的な業界の勝者が決定するまで続くのが特徴です。現在進行形で多くの業界で業界再編型M&Aが行われているわけですが、生々しい話はまた別の機会にするとして、今日はかつて行われた当時としては最大規模の業界再編劇について触れることにしましょう。その名も「電力戦(帝都電力戦とも)」と言います。

▼ 日本の電気を我が手に! 戦前最大の業界再編「電力戦」

 

大正の終わりごろのことです。
第一次世界大戦の特需などで日本の電力需要は著しく増大していました。
又関東大震災で火災によって多くの人命が失われことから、危険なランプやろうそく、アーク灯に代わって電灯が急速に普及したことも電気需要の増加に拍車をかけました。
こうして、電気が次の有望分野だと考えた企業家たちは、相次いで電力会社を設立しました。
その数は昭和7年頃には実に約850社にのぼったと言われています。その結果おこったのは壮絶な価格競争です。
なにせ各社がこぞって新しい発電所をつくったものですから電気の供給は大幅過剰になり、各社とも大幅な値引き合戦で顧客の獲得を図らざるを得なかったからです。この為一般の民家でも一階が○○電力、2階が○▲電力と同じ家で電力会社が違うなどという冗談のようなことも起こったそうです。こうした状況下、体力の弱い電力会社は他社の合併や買収の対象となったのはある種の必然でした。
特に5大電力会社といわれた東京電燈、東邦電力、宇治川電気、大同電力、日本電力などは、M&Aのためだけにグループ内に証券部門を設けるほどだったのです。
しかしこれとて日本の電力を巡る大戦争の序の口にしか過ぎませんでした。業界再編のきっかけとなったのは、遠距離高圧送電技術の実用化です。
これによって大型発電所によって作られた安い電力を長距離送電によって大消費地に送ることが可能になり、大資本が続々と発電事業に参入することになったのです。最初の戦いは関西で始まりました。 関西を地盤とする宇治川電気は新たに日本電力を設立し、未開地だった黒部水系に大規模ダムを建設、遠距離高圧送電技術を使って本拠地の京阪神のみならず、東邦電力の縄張りだった中部地方に送電をしようと目論みたのです。
更に、日本電力は越中電力、北陸送電、東洋アルミニウム、庄川水力電気、飛越電気、立山電気を次々とM&Aで手に入れ北陸を制圧、更に中部地方にも進出しました。
当時中部地方の電力供給を支配していたのは、東邦電力でしたが、日本電力の低価格攻勢を受け、やむなく日本電力から電気を供給することを受け入れざるを得なくなります。 

本拠地名古屋で一敗地に塗れた東邦電力でしたが、しかしここから反撃に転じます。
東邦電力の副社長だった松永安左エ門は、科学的経営と称される大規模なコストカットで競争力を回復させ、更に黒部水系による水力発電を基盤とする日本電力に対抗して、火力発電に力をいれ、体制を立て直すことに成功したのです。こうして復活を果たした東邦電力のターゲットは帝都東京!
1925年松永は、静岡、神奈川、東京に配電する早川電気をM&Aし、更に先に買収していた群馬電気と合併させて東京電力(とうきょうでんりき 現在の東電とは無関係)を設立、名古屋から首都圏へと殴り込みを掛けたのです。
東邦電力を迎え撃ったのは日本最初の電気会社として知られる東京電燈。
両者の戦いは凄惨を極めダンピングに次ぐダンピングで凄まじい消耗戦となります。
3年余り続いたダンピング合戦でさすがに両社とも疲弊し、結果的に東京電力と東京電燈が合併することで幕引きとなりました。

 ▼ 親子の相克

しかし電気を巡る戦いは終わるどころが、この後一層激しさを増していきます
今度は合併後の東京電燈が合併で過剰になった電力設備に困って、何と親会社のある名古屋に逆進出したのです。
この辺りが松永が風雲児と呼ばれる由縁で、子が親を喰うという壮絶な展開に、今度は東邦電力側が防戦に回ることになります。
しかし政友会の重鎮若尾璋八の選挙資金に多額の社費を流用された東京電燈は財政難に陥り、結局松永の名古屋逆進出は失敗に終わりました。一方戦争の口火を切った日本電力も又、この時親子喧嘩の真っ最中でした。
こちらは親会社の宇治川電気が大阪での配電競争で大同電力に敗れその軍門に下ったことで、関西への配電をめぐり、日本電力と宇治川電力が対決するという展開になったのです。
この結果関西でも親子会社間で顧客を奪い合うという壮絶な戦いが繰り広げられることになりました。
更に1929年、中部、関西で戦いを続けていた日本電力は、東京電燈の財務悪化を首都圏攻略のチャンスと考え、神奈川県の小田原電気鉄道(現在の箱根登山鉄道)を買収し首都圏に進出しました。 この結果、東京電燈と激しい顧客争奪戦を繰り広げられることになりました。さて、その日本電力と宇治川電気の親子争いのきっかけをつくった企業、大同電力は、京阪電鉄の発電部門である大阪送電に衆議院議員の福沢桃介が設立した木曽電機興業、立憲政友会の幹事長山本条太郎の日本水力が合併して設立された企業です。
こちらはこちらで北陸地方の神通川、手取川などに次々と大規模発電所を建設、大阪での配電で宇治川電気を破り、最終的に大同電力が宇治川電気に配電することを認めさせます。
このことで宇治川電気の子会社、日本電力と関西の顧客をめぐる争いに発展することになったのは前述のとおりです。
そして関西を制した大同電力も又、首都圏に進出します。
こうして東京の電力戦争は、東京電力と東京電燈に戦いに、日本電力、大同電力も加わって帝都決戦とも言うべき様相を呈したのでした。

電気をめぐって全国各地で繰り広げられた壮絶な顧客奪い合い、M&A合戦を当時の人達は“電力戦”と呼びました。
 ▼ 電力戦の終戦 最後の勝者は?泥沼化する電力戦に終止符を打ったのは、案の定、というか、日本的というか、やはり行政の介入でした。
過剰競争による電力会社の財務内容悪化を懸念する金融機関の要請を受けた監督官庁の逓信省が過熱する電力戦に待ったをかけたのです。
1932年4月19日。 5大電力会社の代表者は三井、三菱、住友、興銀の各行と逓信省の大橋次官の斡旋により電力会社のカルテル組織、電力連盟を設立することで合意せざるを得なくなります。
そして1934年、最後まで東京でシェアを争っていた東京電燈と日本電気も休戦の覚書を締結、大同電力も電力連盟のカルテルに従うことを表明し、ここに電力戦は最終的に終りを告げたのでした。しかしこのカルテルは電力会社にとって仮初めの平和に過ぎませんでした。
なぜならこれを機に逓信省は全面的に電力業界に介入するようになったからです。
そして遂に、1938年、日中戦争の勃発を口実に全ての電力設備は強制的に国有化され、9つの配電会社に再編されることになってしまったのでした。
電力戦の最終的な勝者は、実は行政だったというのはなんとも皮肉な話ですが、戦争という特殊状況下の中だともいえますし、ある意味過当競争の行き着く先だったとも言えるでしょう。さて翻って現代。
2016年に一般家庭への電力小売りは、電力戦後の国有化以来、実に78年ぶりに自由化されました。
それにより新規参入が相次いだ結果、現在電力会社は464社にも上るそうです。
かつてのほどの過熱感は感じないとはいえ、電気をめぐる情勢も日々変わりつつあります。先日は中部電力が20年春には組織を変え、送配電と販売のそれぞれの部門を分社化するとともに、火力発電部門を東京電力との合弁会社JERAに統合すると発表しました。
また併せてガス分野に進出し、名前から中部や電力といった言葉を外すことも検討しているそうです。電力をめぐる状況は再び大きく変化しようとしています。
いつか21世紀の電力戦の口火が切られる日が来るかもしれませんね。

※このコラムは以前個人ブログに掲載したものを再掲したものです。
(執筆)

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運営人 アンドビズ株式会社代表取締役
大山 敬義