▼損益分岐点は管理会計を学ぶ上で必ず出てくる言葉ではあるものの、中小企業においては、正確にその計算方法や活用方法を把握していない経営者もいるのではないかと思います。
昨今、中小企業経営者が第三者とのM&Aによって事業承継を図るケースが増えていますが、実は、損益分岐点は引き継ぎの成否を占う重要な指標でもあります。
本稿では、具体的な事例も交えながら、実際の損益分岐点について考えてみたいと思います。
損益分岐点とは
売上と費用が一致する状態のこと、つまり「売上 - 費用」がゼロとなることを損益分岐点と言います。
わかりやすく言えば、「いくら売上があれば利益(黒字)が出るか」、あるいは「損失(赤字)を出さないためにはいくら売上が必要か」、その売上の分岐点を知る方法が損益分岐点というわけです。
損益分岐点を分析すれば、目標売上高の設定や設備投資の検討、さらには企業の安全性の評価など多方面で活用することができます。
損益分岐点を活用した経営判断はシンプルで初歩的な手法ですが、それゆえ非常に効果的なのです。
損益分岐点の計算方法
損益分岐点の計算方法は次のとおりです。
①損益分岐点 = 固定費 ÷{1-(変動費 ÷ 売上高)}
さらに、「いくら売上があれば利益(黒字)が出るか」の指標となる損益分岐点売上高の計算式
②損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 - 変動費率)
こちらについても解説していきます。
固定費と変動費
損益分岐点における売上高を求めるために、まずは①の式
損益分岐点 = 固定費 ÷{1-(変動費 ÷ 売上高)}
の「固定費」と「変動費」を理解するところから始めます。
固定費とは、人件費、地代家賃、水道光熱費、減価償却費など、売上高に関係なく必ず発生する一定額の費用のことです。
一方の変動費とは、原材料費、仕入費、消耗品費など、売上高に比例して発生する費用のことです。
この計算で導き出される利益と損失がプラスマイナスゼロとなるポイントが、損益分岐点というわけです。
たとえば、ある会社の自動車1台あたりの販売額を200万円、自動車1台あたりの製造原価(変動費)を100万円、固定費を1,000万円とした場合、自動車を何台(X)販売すれば損益分岐点に到達するか計算してみましょう。売上高は200X、変動費は100Xです。
損益分岐点 = 1,000 ÷{1-(100X÷200X)}
損益分岐点 = 1,000 ÷{1-0.5}
損益分岐点 = 2,000
計算により、損益分岐点は2,000万円となりました。つまり、例題の会社の利益がプラスに転じるためには2,000万円の売上、10台の自動車を販売することが、損益をプラスマイナス0の損益分岐点に到達させるために必要ということがわかります。
変動費率
次に、損益分岐点売上高を求めるために、②の式
②損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 - 変動費率)
の「変動費率」について考えていきましょう。
変動費率とは、売上高に対して変動費がどれだけあるかの割合を示すものです。
たとえば設備投資を検討するときには、減価償却費など増える固定費に対して、どれだけ変動費率を下げられるかに焦点が当てられます。
つまり、設備投資などで売上アップが見込めたとしても変動費率が高いままであれば、得られる利益は少なくなってしまうということです。
損益分岐点の活用例
損益分岐点は業種にかかわらず、目標売上高の算出や設備投資の検討など、さまざまなシーンで活用することができます。
具体例を交えながら、損益分岐点の活用方法を見ていきましょう。
赤字の飲食店が黒字に転換するための目標売上高
【例題】
脱サラ後、夫婦で飲食店を開業してしばらく厳しい経営を続けているC店。1ヶ月の売上高と固定費、変動費が以下の場合、黒字に転換するために必要な毎月の目標売上高。
売上高 | 136万円 |
材料費 | 40万円 |
人件費 | 50万円 |
家賃(テナント料) | 15万円 |
減価償却費(借入金の返済等) | 9万円 |
水道光熱費 | 8万円 |
その他 | 25万円 |
1ヶ月の経費の合計は147万円、売上高が135万円なので、C店は毎月12万円の赤字を出しています。
では、C店が赤字から黒字に転換するために必要となる目標売上を求めます。材料費を変動費、それ以外の経費を固定費とすると、①の式を使って
損益分岐点 = 107 ÷{1-(40 ÷ 135)}
C店の損益分岐点 = 153万円
1ヶ月で153万円売り上げれば、C店の損益はほぼプラスマイナス0円となります。現在の1ヶ月の売上135万円から18万円の売上アップが目標です。
事業計画を引き直すために、1ヶ月の目標売上から1日の目標売上を算出します。月の営業日数を25日と仮定すると、18万円を25日で割った7.2万円の売上アップが目標となります。
さらに、「客単価を上げる」「来客数を増やす」など、売上アップを実現するための具体的な対策を講じていきます。
設備投資費を回収するための必要売上高を算出する
【例題】
月の売上高1,200万円の食品メーカーD社。増産のための新規設備導入に際し、設備投資費を回収するための必要売上高を求めたい。D社の1ヶ月あたりの売上、経費が次のとき、設備の増設で固定費(減価償却費)が250万円増加すると見込まれる一方、変動費率が50%に低下すると予想される。設備投資を実施した場合の損益分岐点売上高。
設備投資前 | |
売上高 | 1,200万円 |
製品単価 | 1,000円 |
製品1個あたり変動費率 | 0.5 |
固定費 | 500万円 |
変動費 | 600万円 |
設備の増設で固定費が250万円増加するため、元の固定費に増加分を上乗せして計算します。
損益分岐点売上高 =(500 + 250) ÷(1 – 0.5)
=1,500
設備導入後の売上高1,500万円から現在の売上高1,200万円を引くと300万円となり、1ヶ月あたり300万円の売上アップが目標となります。製品1個あたり1,000円で販売する場合、毎月3,000個以上を追加で売り上げなければ赤字に転じてしまいます。
M&Aにおける損益分岐点の重要性
企業が赤字から立ち直る可能性を計る指標として、また、立ち直るための戦術を練るツールとして損益分岐点が利用されています。
M&Aでは必ずしも利益が出ている企業だけに価値があるわけではなく、赤字企業であっても大きな価値があると認められることがあります。
たとえば譲受企業(買主)に立ったとき、譲渡企業が現時点で赤字であったとしても「引き継いだあとすぐに黒字転換できる」と判断すれば、将来性の高い企業としてM&Aに踏み切るケースが少なくありません。
このとき譲受企業はどうすれば黒字化できるかを考えるため、譲渡企業の損益分岐点を算出した上で、黒字化に向かって生産計画や素材の見直しなど事業計画の引き直しを行い、M&Aの総投資と回収率から逆算して引き継ぎの対価を決定します。
逆に、黒字であっても損益分岐点が高い場合、多く売らないと利益が出ない、あるいは販売量が少々減っただけでも損失が生じてしまいます。M&Aにおいて譲渡企業がこれに当てはまる場合、将来性の低い企業とみなされ、M&A不成立となるケースがあります。
損益分岐点の把握≒将来性の把握
損益分岐点は経営知識として必要なだけでなく、その分析によって自社の問題や課題を浮き彫りにすることができるという点できわめて重要な指標です。
もちろんM&Aにおいても損益分岐点は重要視され、引き継ぎの成否を左右するほどの要素となり得ます。一つ気を付けなくてはいけないことは、ここでいう“将来性”というのは、“買主によって実現され得る将来”となりますので、「損益分岐点まで売上が達していないから将来性がある」≠「譲渡金額が高くなる」ではないということです。今は利益が出ていないけど、損益分岐点はこんな施策を打てば達成できそう、ということが分かると買主の判断の助けにはなりますが、企業価値を高めるものではないのです。
損益分岐点の分析は決して難しいものではありません。事業計画や収益改善、さらには事業承継と、本稿を参考に中小企業の経営に損益分岐点を活用していただけると幸いです。
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