近年、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット化)、5Gなどの新しい技術革新の波が起こりつつあります。これに伴い、政府も投資の促進や産業を活性化させようと様々な施策を打っています。そんななか、投資家やベンチャー企業の経営者が注目している税制があります。ベンチャー企業やスタートアップのように創業間もない企業を応援する「エンジェル税制」という制度です。今回は、エンジェル税制はどんな企業にとって有効で効果を期待できるのかについて紹介します。
エンジェル税制とは
エンジェル税制は、投資家が一定の条件を満たすベンチャー企業に対して投資を行った際に支払う税金を優遇するという制度です。新興企業の成長促進のために整備された投資優遇制度で、資金調達を行いたいベンチャー企業の経営者にとっては、エンジェル税制を活用することで投資家に投資を打診することができ、事業成長のための大きな手助けとなるでしょう。
「起業をしたが、資金支援の優遇措置を受けられないだろうか?」「新商品の市場投入も軌道に乗ってきたので資金を投入して勝負に出たい」といった新興企業の経営者と、「知人がベンチャーを立ち上げたので応援できないだろうか?」「地元のベンチャー企業を応援したい」と考えている投資家たちを結ぶと期待されています。
エンジェル税制適用要件
それでは、投資家がエンジェル税制を活用する際の適用条件をみていきます。
まず①の「投資した年」には、以下AとBのいずれかの優遇制度を受けることができます。
優遇制度A
優遇制度Aは、設立3年未満の中小企業への投資が対象で、措置を受けるための要件は以下の通りです。
設立経過年数が1年未満、最初の事業年度を未経過の場合
研究者あるいは新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上。
設立経過年数が1年未満、最初の事業年度を経過の場合
研究者あるいは新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上で、直前期までの営業キャッシュ・フローが赤字の場合。
設立経過年数が1年以上~2年未満の場合
試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入の3%超、直前期までの営業キャッシュ・フローが赤字の場合。または、新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上、直前期までの営業キャッシュ・フローが赤字の場合。
設立経過年数が2年以上~3年未満
試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の3%超で直前期までの営業キャッシュ・フローが赤字の場合。または、売上高成長率が25%超で直前期までの営業キュッシュ・フローが赤字の場合。
上記の条件を満たしている企業への投資であれば、優遇措置を受けることができます。
優遇制度B
優遇制度Bは、設立10年未満の中小企業への投資が対象で、措置を受けるためには以下の要件を満たす必要があります。
設立経過年数が1年未満
研究者あるいは新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上
設立経過年数が1年以上~2年未満
試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の3%以上。または、新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上
設立経過年数が2年以上~5年未満
試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の3%超、または売上高成長率が25%超
設立経過年数が5年以上~10年未満
試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の5%超
上記の条件を満たしている企業への投資であれば、優遇措置を受けることができます。優遇制度 B を利用した場合には株式譲渡益からの控除が金額制限なしで行えるなど、個人投資家にとっては非常に使い勝手の良い制度となっています。
売却時の優遇措置
取得した株式を売却し、損失が発生した場合も所得税の優遇措置が受けられます。対象企業の株式の売却損を、その年の他の株式譲渡益と通算(相殺)でき、通算しきれなかった損失については、翌年以降3年にわたって、順次株式譲渡益と通算ができる「損失の繰越制度」を利用できます。
※対象の企業が上場せずに破産や解散となり無価値になった場合にも同様に翌年以降3年にわたってその他の株式譲渡益との通算(相殺)ができます。
※対象企業へ投資した際に前述の優遇措置AもしくはBを利用した場合は、控除対象分は取得金額から差し引いて損失額を計算します。
※2000年4月1日から2008年4月30日までに取得した株式に限っては譲渡益を2分の1に圧縮して計算します。
売却時の減税措置は前述した優遇措置A、優遇措置Bいずれかの要件を満たせば適用されます。また要件の審査の時点は払込期日の時点です。
優遇措置A・Bの共通要件
1.特定の株主グループ*からの投資の合計が5/6を超えない会社であること。
*特定の株主グループ…発行済み株式の30%以上を保有している株主とその親族やその関係会社のことをさします。
2.大規模法人(資本金1億円超等)および当該大規模法人と特殊の関係(子会社等)にある法人の所有に属さないこと
3.未登録・未上場の株式会社で、風俗営業等に該当する事業を行う会社でないこと
※認定投資事業組合経由で投資する場合やグリーンシートのエマージング銘柄で投資する場合で優遇措置Bを利用する場合は上記の2.3の要件を満たす必要はありません。
簡潔に言うと、基本的な共通要件は以下となります。
・大株主比率が5/6を超えないこと
・大企業の傘下で無いこと
・風俗営業等に従事する企業で無いこと
では、実際の控除額をモデルケースで考えてみましょう。
モデルケース1
投資家のYさんは総所得金額 900万円のサラリーマンです。
・ベンチャー企業に400万円を出資→100万円で売却→300万円の損失が出ました。
・その他の株式への投資で200万円の譲渡益が出ました。
優遇措置 AとBを比較してみましょう。
優遇措置Aの場合
優遇措置 Aでは、投資額を総所得金額から控除できます。
ただし、控除の上限は総所得金額×40%から2,000円を引いた額、または1,000万円が上限となります。Yさんの総所得金額は、900万円なので
を総所得金額から控除することができます。
優遇措置Bの場合
優遇措置Bでは、その他の株式への投資で譲渡益が出た 200万円に対しての控除を受けることができます。
優遇措置 AとBを比較すると、Aの方が控除額が大きいため、Yさんは優遇措置 A を利用する方が有利ということになります。
また、ベンチャー株式の売却時の優遇措置についてですが、優遇措置Aによって控除した359.8万円を取得価額から差し引きます。Yさんのベンチャー株式の取得価額は400万円から40.2万円に引き下がります。これは損失とはならないため、売却時の損失にかかる税制の優遇措置は使えない点には注意が必要です。
モデルケース2
主婦兼投資家のZさんは総所得が 500万円です。
・ベンチャー企業に 800万円を出資→100万円で売却→700万円の損失が出ました。
・その他の株式への投資で 400万円の譲渡益が出ました。
優遇措置 AとBを比較してみましょう。
優遇措置 Aの場合
優遇措置Aでは、投資額を総所得金額から控除できます。ただし、控除の上限は総所得金額×40%から2,000円を引いた額または 1,000万円が上限となります。Zさんの総所得金額は500万円なので
を総所得金額から控除することができます。
優遇措置Bの場合
優遇措置Bでは、その他の株式への投資で譲渡益が出た400万円分の控除を受けることができます。
このように優遇措置 AとBを比較すると、Bの方が控除額が大きいため、Zさんは優遇措置Bを利用する方が有利ということになります。
エンジェル税制を受けるため、ベンチャー企業が行う手続きとは
エンジェル税制を活用したいベンチャー企業は、以下の手続きを行う必要があります。順番に詳細をお伝えします。
1.申請
本店所在地の都道府県に対して、エンジェル税制の確認申請を行います。
確認申請とは、
①自社がエンジェル税制の対象であること
②投資家がエンジェル税制の適用要件を満たしていること
の確認です。
*必要書類は経済産業省の「エンジェル税制確認申請の手引き」及び「エンジェル税制様式集」をご確認ください。
2週間から1か月ほどでエンジェル税制の対象であることが確認されると経済産業大臣の確認書が交付されます。エンジェル税制の適用申請にあたっては以下のような書類が必要となります。
◆申請書
エンジェル税制適格確認申請書、要件該当の宣言書、事業計画書(既存のものがあれば利用可)、従業員数を証する書類(雇用保険に関する書類・賃金台帳など)等
◆投資家との契約書等
株式申込書、投資契約書、投資契約書追加覚書(税制固有の要件を加筆)等、
◆税務署に提出した書類・法人設立届出書、法人事業概況説明書、確定申告書別表一(一)、別表二等
◆会社設立登記に関連する資料等
定款、株主名簿、登記事項証明書等
詳細は各都道府県庁に設置されたエンジェル税制の相談窓口などでご確認をおすすめします。都道府県から交付された確認書および付属種類(ベンチャー企業が作成します)、株式異動明細書を個人投資家に交付します。
また、エンジェル税制の確認書の交付を受けたベンチャー企業は、株式等の状況の変化について、税務署や都道府県に報告しなければなりません。
2.事前確認制度を受ける
事前確認制度とは、企業が事前にエンジェル税制の対象かどうか、要件を満たしているか確認を受けることができる制度です。この制度により、ベンチャー企業は自社がエンジェル税制の対象であることを個人投資家にアピールすることができます。
また、事前確認を受けたベンチャー企業は経済産業省のホームページで会社名を公表することができる点もポイントです。この事前確認制度を利用した企業がエンジェル税制適用の投資を受けた場合は、改めて申請する必要がありますが、必要書類の再提出は必要ありません。
制度の詳細に関しては各都道府県庁に設置されたエンジェル税制の窓口で相談することができます。
投資家が留意しておくべきこと
留意すべき点は、事前確認は投資家に対して、投資にかかる利益を保証するものではないということです。経済産業省のホームページに社名が掲載されても、この事前確認は、
・政府が投資勧誘を目的にしたものではないこと
・投資家に対して投資にかかる利益を保証するものではないこと
・投資は自己責任の原則に基づくものであること
上記3点は知っておかなければなりません。
起業家、企業が留意しておくべきこと
また、起業家・企業側の留意事項もあります。
投資後にその投資家がエンジェル税制の適用を受けられるか否か判断する際には、個人投資家要件(特に同族会社*)を満たしている必要があります。
*同族会社…3人以下の株主(およびその関係会社や親族など)が、該当企業の株式または議決権を50%以上保有している会社を指す
したがって、企業が投資家に投資を勧誘する際は、どの様な投資家にどれくらいの割合で株式を引き受けてもらうのか想定する必要があります。
確定申告
個人投資家は企業より交付された書類により、エンジェル税制の適用を確定申告で申請します。その際都道府県からベンチャー企業経由で交付された確認書およびベンチャー企業が作成する必要書類、株式異動明細書などを添付します。
エンジェル税制の注意点は、投資時点での優遇措置である優遇措置 A・優遇措置Bは所得税のみにしか適用されないということです。
一方、売却時点での優遇措置である損失の繰越しについては、所得税及び住民税の両方に適用となります。またエンジェル税制は金銭の出資のみが対象となり、現物出資などは対象となりません。
株式投資クラウドファンディングによる投資
また、個人投資家が新興企業に投資する手段として、最近はクラウドファンディングも活用されるようになっています。従来、クラウドファンディングは見返りを求めない「寄付型」や、決まった金利の利払いを受け取る「融資型」が主流でしたが、2015年の金融商品取引法改正以降はクラウドファンディングを使った株式投資ができるようになりました。
これにより、投資家はインターネットを通じてこれまでよりも容易に有望なベンチャーやスタートアップ企業への未公開株投資ができるようになりました。
最近は、株式投資クラウドファンディングのサービスを提供する、「FUNDINNO(ファンディーノ)」や「GoAngel(ゴエンジェル)」、「EMERADA EQUITY(エメラダエクイティ)」などといったプラットフォームも多数立ち上がっています。
ベンチャー企業は、こうした株式投資クラウドファンディングを活用しつつ、エンジェル税制も利用することができます。インターネットを通じて、資金を少額ずつ効率的に集めることができながら、エンジェル税制によって個人投資家から出資を得られる画期的な資金調達方法ではないでしょうか。
【まとめ】個人投資家からの投資で、ベンチャー企業が成長する時代がきた
ベンチャー企業の起業家にとっては、エンジェル税制を上手く活用できれば投資家から出資してもらえるということで、資金調達の大きな手助けとなるでしょう。細かな条件等がありますが、「事前確認制度」でエンジェル税制の対象として承認されれば、新興企業は経済産業省のホームページなどで自社名を公表することができ、個人投資家への大きなアピールとなります。
また、株式投資クラウドファンディングの活用が進んでいる点もベンチャー企業にとっては追い風です。これまでは個人が未公開株に投資できる機会は限られていましたが、これからは、個人投資家がベンチャー企業の株を買って支援するエコシステムが社会に浸透していくことでしょう。
エンジェル税制や株式投資クラウドファンディングが普及すれば、ベンチャー企業もより自由に活動する機会や成長の幅が広がり、事業拡大のチャンスを掴みやすくなるかもしれません。
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