M&Aは、企業組織内部・外部のさまざまな経営資源を獲得、もしくはリストラクチャリングするために行われるものです。M&Aを行うのは、経営上重要な資源である「ヒト・モノ・カネ」が動くことになり、売り手も買い手も当然、それに伴うリスクを抱えることになります。中小企業のM&Aに伴うリスクと、その対応は、具体的にはどうしたらいいのか。説明していきます。
M&Aのリスクについて
M&Aが開始されると、莫大なコストとともに経営陣のエネルギーと時間の多くが売り手と買い手の統合プロセスに割かれることになります。M&Aには、法的にも財務的にも、周到な準備が必要です。M&Aを行うことは、売り手と買い手の双方に多くのメリットをもたらしますが、M&Aを行うに際して直面するリスクをきちんと理解しておくことが必要です。
M&Aで起きうるリスクの種類
M&Aに伴うリスクには、M&Aを行う前のタイミングで考えておくべきリスクと、M&Aを行ったあとに考えるリスクがあります。後者は、統合後のプロセスに含まれるリスクもあります。では、M&Aで起きうるリスクについて具体的に解説していきます。
財務リスク
M&Aを行う前に必ず考えなければならないのは、まずは、財務リスクです。財務リスクには3種類があり、簿外負債が判明するリスク、資産の実在性有無に関するリスク、評価減リスクです。今は債務となっていないけれど、デューデリジェンスを行うことで債務として見つかる可能性があるものを総称して財務リスクと呼びます。
簿外負債とは、M&Aの売り手側に、そのときは会計帳簿に計上されていなくとも、M&Aを行ったあとで発生する債務です。債務の保証や係争中の訴訟による賠償義務といった、ある一定の条件がそろうと偶発的に生じる債務である偶発債務が、その典型例です。
その他にも、売り手が会社名義で他の企業の債務の支払いを連帯保証しているなどの場合には注意が必要です。契約書が残っていない場合、買収後にその債務保証の存在を確認することができず、連帯保証していた当事者が倒産してしまうと、代わりに弁済を求められる可能性があるからです。さらに、中小企業の中には税務申告することのみを目的として決算書を作成する企業もあることから、退職給付引当金などの税務申告に必要の無い負債(税務上損金として認められない負債)を計上していないケースがあります。デューデリジェンスを行った結果として、それを負債として計上しなければならなくなる場合があります。
資産の実在性有無に関するリスクとは、売掛金等の債権が回収できない、帳簿上には存在する資産が現実には存在しないなどのリスクのことです。取引先に対して商品やサービスを提供した際の代金が長期間未回収のままになっている場合に、その取引先が知らぬうちに倒産したため債権が回収できない状態になっていたり、あると思っていた在庫が実はなかったりといったトラブルが起こる可能性もあるので、資産の実在性の有無は必ず確認しましょう。
評価減リスクとは、例えば実際の在庫評価が簿価を下回るような場合のリスクです。イベントや季節に特化した商品や、流行に左右されやすい商品の場合には仕入価格が販売価格を下回り評価損となるリスクがあります。M&Aの際には実際に在庫商品を確認して価値を見極めるようにしましょう。
財務リスクを回避するためには、事前に会計方針や経理処理のチェックを行う必要がありますが、買い手が売り手にその情報の共有を求めないことには、売り手から自発的にその情報が共有されるということは非常にまれです。したがって、売り手と買い手には情報の非対称性が生じることになるので、デューデリジェンスを行うことが重要な意味を持つことになります。
経営リスク
M&Aを行った結果、経営上のリスクが顕現する可能性があります。たとえば、M&Aを行ったあと、その統合プロセスにおいて、売り手企業と買い手企業の企業文化・風土や業務プロセスの統合をうまく進められないということが考えられます。
業務プロセスは企業ごとに異なることが普通であるため、そのプロセスの違いを統合しないと、従業員同士の感情的な衝突が生じてしまいます。その結果、従業員のモチベーションが低下して、経営に悪影響を及ぼす可能性も考えられます。そうなると、M&Aによって獲得できると想定していたシナジー効果や成果が得られなくなることもありえます。
人材リスク
M&Aによる買収で売り手側企業の組織に大きな衝撃が走ることは、珍しいことではありません。企業組織が経営者や従業員などの人間関係によって成立しているということを考えれば、買い手側からきた新しい所有者や管理者による経営方針の大幅な転換などが契機となって、組織モラルが低下しうることもあります。売り手側企業だけではなく、買い手側の従業員の離職といったリスクも考えられます。
売り手側からすれば、経営者だけではなく、従業員においても、M&A後の雇用や処遇、M&A によって既存事業や自身の業務にどのような影響があるのかなど、多くの不安を抱えるのが普通です。
仮にこうした不安を抱えたままM&Aが実施されてしまうと、売り手側の従業員の士気が上がらず、M&Aの効果は限定的なものに留まる可能性も否定できません。特に中小企業の場合、M&Aに関する知識やノウハウを持っている企業は限定的で、限られた人材で事業活動を行っているため、M&A によって取得した事業や資産を活用できるような経営人材がいないケースも少なくありません。したがって、M&Aを行う場合には、人材リスクも考慮しなければなりません。
売り手企業にとってのリスク
M&Aの売り手企業側にとって、財務リスクとして、M&Aが行われたあとに偶発債務が生じ、それによって損害があった場合には、損害を賠償しなければならない責任が生まれます。また、経営リスクとしては買い手企業の経営システムなどが一方的に導入されて、これまで培ってきた自社の企業文化や風土が変化したり、壊されてしまったりするおそれもあります。それによって、優秀な人材が会社を離れるようになれば、それは人材リスクが顕現したことを意味することになります。
買い手企業にとってのリスク
M&Aの買い手企業側にとっては、売り手企業側を過大に評価してしまう財務リスクがあります。売り手企業の事業を正確に評価することは大変難しいことであり、過大評価によってM&Aで得られると想定していただけのキャッシュフローが得られない可能性があります。経営リスクとしても、企業文化や風土が売り手側企業と合わない場合があります。特に、企業文化や風土は事前に定量的に評価しにくく、M&Aの前に想定したように統合プロセスがうまくいかないことがあります。さらに、M&Aによって買い手企業の給与体系に変更があれば、従業員からの反発を受ける可能性もあります。
海外企業とのM&A(クロスボーダーM&A)におけるリスク
買い手側もしくは売り手側が海外企業となるクロスボーダーM&Aの場合は、より高いリスクを抱え込むことになります。商習慣や法律、文化、言語の違い、物理的な距離などがあるからです。相対的に、国内でのM&Aよりもリスクが高くなりがちです。
個人によるM&Aのリスク
M&Aは通常、企業と企業によって行われることがほとんどですが、個人が企業を買収したり、企業が個人企業を買収したりすることもできます。譲渡価格が1,000万円以下の企業や店舗などのM&Aは、スモールM&Aと呼ばれることもありますが、個人が買い手側となる小規模M&Aは、M&A仲介事業者を通さずに事業買収や売却を行うことも珍しくありません。小規模M&Aによって直面するリスクは限定的にはなるものの、たとえば、有給休暇の未消化や残業代の未払いといった、経営者個人の経営姿勢によるところが大きい、通常のM&Aとは異なるリスクが潜んでいることがあります。
リスクを回避するためには
M&Aを行う際のリスクを回避するためには、どうしたらいいのでしょうか。対策を紹介していきます。
正確な経営実態の把握を強化
必要以上のリスクを抱え込まないようにするために、売り手企業の正確な経営実態の把握が不可欠です。事前に相手企業について調査を行うこのプロセスは一般にデューデリジェンス(DD)と呼ばれます。M&Aにおいて必須であるものの、実際のデューデリジェンスはとても難しいものです。DDを行っても、限られた時間の中ですべてのリスクを洗い出すことは不可能であり、事実関係の中に予期せぬリスクが潜んでいることも考えられます。中小企業の決算書は、ほとんどが税務会計であるので、正確な会社の財政状態や経営成績を表すことを目的として作成された財務会計に基づく決算書と、その実態が違うということも多いです。
それを防ぐためには、小規模企業に特化したバトンズデューデリジェンスなど、M&Aの仲介専門会社などのプロが企業や事業の実態を調査するデューデリジェンス・サービスを活用するのが有効です。
買収対象企業のバックグラウンドチェック
一般に、買収対象企業に対するDDを行う場合には、特に財務リスクの洗い出しが主な内容となります。しかし、M&Aを行うに際して直面するのは財務リスクだけではなく、経営リスクや人材リスクといったリスクもあります。
こういった財務リスクではないリスクの評価プロセスは、M&Aの世界では、バックグラウンドチェックと呼びます。バックグラウンドチェックでは、財務リスクを評価するよりも前に、まだ会計情報には表れていないさまざまな情報から、買収対象企業がどのような企業であるかに関するチェックを行います。たとえば、転職サイトなどで買収対象企業がどのように言われているか、あるいは、転職市場のエージェントからの評価はどうかなどの確認です。これは口コミサイトなどに悪い情報が多々あると、就職希望者が少なくなることが考えられるためです。こうした情報は、DDではなかなか収集することはありませんが、風評DDとしては有効です。
また、その企業に反贈収賄など、反社会的な勢力とのつながりがないかなどのチェックをすることもあります。このプロセスは、一般に反贈収賄DDと呼ばれることもあります。
経営統合後のリスク回避
M&Aによる経営統合後においても、リスクはあります。一般に、M&A後に行う統合プロセスを、「Post Merger Integration(PMI)」と呼びますが、M&Aの効果を確実に得るためには、買い手と売り手の経営戦略や経営システム、従業員の意識や組織文化などを有機的に統合していかなければいけません。買い手と売り手の統合準備が不十分な場合、事業遂行上の重大なミスが発生して、顧客離れや優秀な社員の離職、業績悪化、内部対立などを招きかねません。これを避けるためには、専門的な知識のあるM&Aの仲介専門会社などが中心となってPMIを実施することによって、売り手と買い手の認識の違いを解消していくのが有効です。
表明保証規定や補償規定の設定
M&Aでは、DDやPMIなどによってどれだけリスクを低減する施策を講じたとしても、ゼロにすることはできません。より効果的にリスクを減らすために、M&Aを行う企業は表明保証規定や保証規定を設定することがあります。これは、M&Aにおいて、売り手が買い手に対して、契約目的物などの内容に関連して、一定時点における一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証するもののことをいいます。具体的には、買収対象企業の決算書上に計上がされていない偶発債務や簿外債務がないことを、買い手に対して追加的な債務が発生しない旨などを保証することをさします。
特に中小規模のM&Aでよくあるのは、M&A後に従業員の未払い給与に対して問題が起きた場合の対処として、表明保証規定や保証規定を設けることです。また、こうしたトラブルによる損害を被らないために、M&Aの仲介専門会社などがさまざまな保証サービスを提供しています。たとえば、DDを依頼をすると、買収後に発覚したリスクに対して最大300万円が補償される中小M&A保険「M&A Batonz」が自動付帯されるバトンズDDといった保険サービスなどがあります。
まとめ
M&Aを行う場合、リスクを避けて通ることはできません。しかし、そのリスクを減らすことは可能です。中小企業のM&Aにおいて、買い手・売り手企業の発掘やマッチングについては、比較的規模の大きな会社であれば、地域金融機関やM&Aの仲介専門会社などの利用も有効ですが、小規模で事業を展開している場合には、そうした民間仲介事業者の採算に乗らないことも少なくなく、支援を受けられないこともあります。中小企業が、効果的にM&Aに伴うリスクを低減するためには、M&Aの仲介専門会社を有効に活用することが有益です。
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