創業90年、元上場企業のアパレルメーカーが選んだ再興への道。SaaS企業とのM&Aで劇的なターンアラウンドに成功
2026年01月20日
2026年01月20日
株式会社ワコールホールディングス(東証プライム:3591)の子会社であり、アパレル製品の製造及び販売事業を手掛ける「株式会社ルシアン」は、2025年4月、株式100%譲渡スキームのM&Aにより、「TANAAKK株式会社」のグループ企業となりました。今回、M&A後にルシアンの新社長を務める麻田渡様と、TANAAKKから常勤取締役としてルシアンへ出向中の清水太郎様に、M&Aの経緯やPMIの取り組み、現在の事業変化についてお話をお聞きしました。
| 株式譲渡対象企業 | |
|---|---|
| 社名 | 株式会社ルシアン |
| 業種 | レース、ハンドメイド、インナーウェア |
| 拠点 | 京都府 |
| 譲渡理由 | 選択と集中 |


| 譲受企業 | |
|---|---|
| 社名 | TANAAKK株式会社 |
| 業種 | ソフトウェア開発 |
| 拠点 | 東京都 |
| 譲受理由 | 事業拡大、新規事業参入 |
かつては10事業体を抱え、大阪証券取引所市場第一部上場企業として売上高500億円超を誇ったルシアンは、ファストファッションの流行などを背景に、アパレル業界全体の長期低迷とともに売上が減少。M&A実行直前の2025年3月期の売上高は、約40.5億円となっています。
業界全体が苦境にある中、「このままでは各事業の拡大が見込めず、閉塞感から脱出できない。」と考えていた最中に、M&A仲介会社のS&G株式会社より、今回の譲渡先であるTANAAKKの紹介を受けます。当時、ルシアンの執行役員としてM&Aの話を受けた麻田様は、そのときの心境について次のように振り返ります。
麻田様:「最初は正直、不安でした。TANAAKKのホームページを見ても、何をやっている会社なのかいまいちピンときませんでしたから。会長の田中さんも当時37歳と非常に若い方でもあり、『文化が違うから、事業の理解をしてもらえないのでは?もしくは事業のいいとこどりのみをされるのではないか?』というような不安もありました。
しかし、何度か会食を重ねる中で、TANAAKKの田中会長や青木社長、担当の清水さんの人間力に感銘を受けるようになりました。3人に共通するのは、相手の事を受け入れる姿勢です。
多くの企業はM&A交渉時にまず自社をアピールするものですが、彼らは違いました。会話の中でまずこちら側の考え方を肯定から入って、これまで知り得た事のない事は、素直に受け入れ、感動する姿に、『この人たちは本気でルシアンの事を考えてくれている。』と感じるようになったのです。」
TANAAKK経営陣の人柄や熱意を受け、譲渡に賛成する意思が固まった麻田様は、「これからは上下の関係ではなく対等のパートナーとしてお願いしたい」と言葉を投げかけました。それに対して、田中会長は「パートナーでもなく、一緒に釜の飯を食っていく家族だと思っているので、そういう関係性でやりましょう」と返答。その一言は、麻田様の中で今でも忘れられない言葉で、TANAAKKと一緒にやっていきたいという思いが揺るぎないものになったきっかけだったと言います。
市場の成熟化に伴い、成長の鈍化に直面する大企業は、株主から更なる成長に向けて「第二の柱」を求められることがあります。一方で、社内で新規事業部を立ち上げても、そこに割くリソースやモチベーションがない、担当者が「何をすればよいかわからない」という課題を抱える企業が多いと清水様は話します。
そのサポートを担うのが、TANAAKK独自のパッケージソフトウェアGAAS(Growth as a Service)です。GAASは、従来のコンサルティング会社のように「調査報告書を渡して終わり」ではなく、GAASチームがクライアントと一体になって事業に取り組み、かつ、エンジニアチームによるオフショア開発を活用することで、コンサルティングとソフトウェア開発を組み合わせた支援を行います。
最大の特徴は、お客様と一体になってアセットを考慮した収益化モデルを検討し、決定後の開発・運用まで伴走すること。GAASのポイントや実績について、清水様は次のように説明します。
清水様:「GAASにはHITSERIESと呼ばれるサービス群があり、進捗度に応じて『HITSCAN』『HITPLAN』『CICD』などを提供します。この仕組みにより、単なる助言にとどまらず、実行まで支援することを特徴としています。
当社はこれまで、自動車業界最大手グループ、印刷業界最大手グループなどにサービスを提供し、様々な業界で収益化ノウハウを蓄積してきました。ゆえに『未知の業界でも収益化できるノウハウがある』という自負を持っています。」
事業拡大を目指す中で、M&Aを事業戦略として検討し始めたTANAAKK は、BATONZなどのM&Aプラットフォームを活用し、業界を絞らず500件以上のM&A案件の企業概要書(IM)を精査。そこから独自の選定基準のもと、自社リソースで成長可能性がある企業を絞り込みます。
清水様:「日本企業がグローバルでNo.1のシェアを取っている、もしくは取った過去がある業界であれば、自分たちが進出して勝てる見込みがある業界だと判断し、検討対象としました。その中で注目したのが、「繊維×製造業」です。
ルシアンを選んだ理由は、注目領域であることに加えて、一定の売上規模条件を満たしていたこと、ワコールグループからのカーブアウト事例という稀なケースであること、そしてインナーウェア業界の国内No.1企業であるワコールグループのノウハウを承継しているという、目に見えないアセットを持っていたことです。
また、特定商品の販売実績、上場歴があること、創業90年以上の歴史があること、京都というブランド力なども魅力でした。ただ、最終的に決め手になったのは定量的な要素ではなく、定性的な部分です。社員の明るさや仕事にかける熱意、ルシアンが作ったモノの良さに触れ、『この会社なら成長させることができる。』そう確信し、ルシアンとのM&Aを決断しました。」
今回のM&Aで障壁となったひとつが、M&A後のシステム移行。ワコールグループは全体で独自のシステムを利用していたため、それらを自社に最適なシステムに切り替える必要がありました。
清水様:「システム移行でまず取り掛かったのは、ルシアンの業務を洗い出し、その中から必須業務を抽出すること。そしてそれらに対応できるSaaS商品を選定し、実際に組み込んで動かすこと。決して簡単な作業ではないのですが、ここは2026年3月末までに、弊社が誇るエンジニアの力でクリアできると考えています。」
また、TANAAKK経営陣が最も注力したのは、企業同士の「意識統合」及び「業務統合」。ROIC(投下資本利益率)経営という指針を定めることで、収益化の改善を図りました。
清水様:「株主視点で考えれば、純利益率がアメリカ国債のリスクフリーレート約4%を下回る事業では意味がありません。だからこそ、まずは最低でもROIC5%以上はクリアしなければならないことを明確にし、『財務規律を整えること』を徹底しました。なおTANAAKKグループではROIC30%をハードルレートとし、最終的な企業グループ全体の目標をROIC100%と設定しています。
財務規律の整備においては、これまでのルシアンのやり方をガラッと変更したので、財務担当者は大変だったと思います。また、ルシアンのバランスシートは資本剰余金が重くなっていたので、そこを含めてバランスシートを軽くする調整を行い、ROICを出しやすい体質へと変革していく予定です。」
ROIC経営を掲げた結果、ルシアンの業績は2025年3月期の営業利益が約200万円だったのに対し、決算期変更後の2025年12月期の営業利益は約3,900万円(見込み)にまで改善。レイオフや企業名変更、企業文化の毀損などを避けながら、M&Aから1年足らずでターンアラウンドを成功へと導いています。
2009年にワコールホールディングスのグループ会社となったルシアン。TANAAKKという全く別の企業文化かつ異業種の企業との新たなスタートに、社員の反応は大きく2つに分かれたと言います。
麻田様:「2009年以前(上場していた当時)から在籍している社員は、『第2創業の心でルシアンらしく挑戦しよう。』という前向きな姿勢を示す人が多い一方で、2009年以降に入社した社員は、初めてのM&Aに不安な気持ちを露わにする人が多かった印象です。そもそも、人は基本的に変化を嫌うもので、日本人は特にその傾向が強いかもしれません。
しかし私は、『これからは野球で例えると、万年Bクラスのチームからメジャーリーグで優勝を目指すくらいの気持ちがなければ、この業界では生き残れない。中途半端な改善では意味がないんだ』と強調して、社員を奮い立たせてきました。全員のベクトルを合わせることが、自分がルシアンの社長になった使命であると思いますから。」
清水様:「通常、TANAAKKとルシアンのように企業文化がまったく異なる会社が一緒になると、経営陣は納得していても、現場はハレーションが起きるものです。そこは我々も大変になるだろうなと、時間をかけて擦り合わせていくような想定をしていました。
しかし、麻田さんが統合前から『TANAAKKは文化も考え方も異なる会社だけど、今のルシアンに必要な会社なんだ』と言い続けてくれたおかげで、想定していた混乱は起きませんでした。麻田さんのリーダーシップには本当に助けられました。」
清水様:「今後やりたいことは山ほどありますが、まず取り組むべきことは、ユニクロやワコールといった競合他社が既に整備している領域を、最低限揃えること。例えば、ECサイトの構築がその代表です。
良い商品を作っていても、それを届ける場がなければ意味がありません。販売チャネルを整備することで、ルシアンをもっと多くの人に知ってもらい、使ってもらいたいと思います。
また、ルシアンの強みは、女性のライフステージごとに彩りを添える商品を揃えている点にあります。幼児期には刺繍などハンドメイド商品を、小中学生には「部活ブラ」などのインナーを、高校生・大学生にはピーチジョンとのクールなコラボ商品を、40代以降の女性には機能性インナーウェアを、そして60代以降の女性にはまたハンドメイド商品を楽しんでいただくといったような商品ラインナップですね。
この強みを最大限に生かすためのひとつとして、インナーウェアの販売だけでなく、刺繍やハンドメイドを体験できるワークショップを併設した直営店を展開したいという思いもあります。候補地は京都を中心に、滋賀・神戸など関西圏を想定しています。
一方で、現状の価格帯では利益率に課題があるため、将来的には高価格帯の商品ラインを追加する必要があると考えています。さらに、アジアやアメリカなどグローバル展開も加速させたいです。」
麻田様:「清水さんと一緒で、自分もやりたいことだらけです。まずは、ハンドメイド事業の海外展開。北米では30年以上商売をしてきたので、ルシアンには一定のネームバリューがあります。その強みを生かして、もう一度北米での事業拡大に挑戦したい。刺繍だけでなく商品ラインナップを広げて、販売拡大を図りたいです。
次に、EC事業の強化です。インナー、ハンドメイド、レースという枠にとらわれず、ECでお客様に直接届ける仕組みをつくりたい。ECは飽和状態だと言う人もいますが、弊社はまだ始まったばかり。伸び代は十分あると思っています。
また、創業以来続いているレース事業は、多くの会社から認められたセンスを生かし、下着の一部ではなく『ルシアンレース』という素材ブランドとして再定義します。そして、インナー事業はブランド力を高めることに注力する。
ルシアンは、3事業あってのルシアンです。それぞれ採算性を見極めながら、5年で売上100億円を目指し、ルシアンをもう一度大きく成長させたいと思っています。」
株式会社ルシアン、TANAAKK株式会社のこれからのご発展を、バトンズ一同、心より応援しております。
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