近年、M&Aや事業承継という言葉を耳にすることが増えてきました。今回は、国内の多くのホテル・旅館が抱えがちな経営課題と、M&Aのメリットや事例を紹介したいと思います。M&Aを検討中の方はもちろん、経営環境の変化からM&Aに興味を持ち始めた方にも向けた内容になります。
ホテル・旅館業界が抱える課題
経済産業省委託の「平成27年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備事業」(矢野経済研究所発表)によると、2014年度のホテル市場規模は前年度比105.2%の1兆6,202億円です。その一方で、近年のホテル・旅館業界はさまざまな課題を抱えています。
ホテルや旅館のM&Aについて解説する前に、まずは業界が抱える3つの課題を確認していきましょう。
施設の確保や老朽化
訪日外国人客の増加に伴い、宿泊施設に対する需要に供給が追いつかない状況が生じています。さらに、国土交通省観光庁の「第一回観光産業革新検討会説明資料」によると、建物の老朽化を問題として認識している施設が全体の53.6%にまで上るということです。
つまり、今後コロナが収束し、潜在的観光客が再び増えたとしても、充実したサービス提供ができる施設が不足していく可能性があると考えられます。
英語による外国人観光客への対応
日本政府観光局(JNTO)によると、2019年度の訪日客はビジネス目的を含めると3,000万人を超えています。外国人観光客に安心かつ満足できる滞在をしてもらうためには、英語対応が不可欠です。しかし、日本では英語に対応できる人材が豊富とはいえないのが現状です。
また、さまざまな国の文化圏の観光客が日本を訪れるため、相手の文化を尊重した対応が必要です。例としては、ヴィーガンやベジタリアン向けの食事を提供するレストランや、ムスリム観光客向けに「豚肉不使用」や「アルコール不使用」などの表示でハラル文化に対応するといったことが挙げられます。
コロナ禍でインバウンド消滅危機
ここまで、外国人観光客の増加に伴ってホテルや旅館市場が拡大していることを前提に話を進めてきましたが、2020年2月以降、日本で深刻化した新型コロナウィルスの流行によって2020年東京オリンピックが延期され、外国人観光客が大幅に減少し、緊急事態宣言に伴う外出の減少によって観光業界は大きなダメージを受けました。JNTOが算出した2020年訪日外国人の数は約410万人とされており、前年比87.1%の大幅減です。
多くのホテルや旅館を外国人観光客が支えていただけに、先の見えないコロナ禍の現状は大きな課題となっています。
行政キャンペーンの活用
観光業界を救うべく、行政はGo Toトラベル事業をはじめ様々なキャンペーンや施策を打ち出しています。その一方で、突如政府が2020年12月28日から翌年1月11日までGo To トラベルの全国一斉停止を発表したことで観光業界が悲鳴を上げるなど、決して政府と観光業界の足並みが揃っているとは言い難いのが現状です。
ホテルや旅館でM&Aをするには
ここまでご紹介した、課題解決のひとつの手段となるのがM&Aです。ここでは、M&Aにどのようなメリットがあるのか、そしてM&Aを進める際の注意点を紹介します。
買手側のメリット
M&Aをすることで、観光業以外の業種を営む企業が観光業に進出する足掛かりとすることができます。特に、旅館業の場合は施設の確保が不可欠であり、M&Aによってホテルや旅館をそのまま引き継いで事業を開始できることがメリットです。
売手側のメリット
インバウンド増加に伴って成長が見込める市場ではありますが、コロナ禍はじめ課題が多く、経営を断念せざるを得ない経営者も多いと思います。長年経営してきた会社であれば愛着も強いはずですし、従業員の今後についても懸念があることでしょう。
しかし、M&Aを行うことによって、旅館やホテルの経営者はご自身で面談を行い信頼できると判断したお相手に、事業や従業員を託すことができます。もしもご自身が保証人となった借入がある場合、不安定な経営を続けて破産して借金を負うのではなく、事業を手放して連帯保証を外すことも場合によっては可能です。
また、ホテルや旅館業以外の業種も営む会社であれば、「選択と集中」で残りの業種に専念できることもメリットです。
ホテル・旅館をM&Aする際の注意点
M&Aのメリットは売り手となる経営者にとって大きいものの、ホテルや旅館を買収する場合は、施設の設備に注目しなければなりません。設備更新が済んでいないがためにM&A後に想定外の莫大な修復費用が発生する、といった事態を避けるためにも事前の確認が必要です。
さらに、温泉が関係する場合、温泉権や女将や番頭といったキーパーソンの存在など、ホテル・旅館業界ならではの特徴・文化が存在します。そう言った点も踏まえて、事前に地域の慣習などをある程度把握しておくことも重要です。
また、ホテルや旅館に限らずですが、M&Aを行う際には当該事業の透明性や採算性を事前に把握した上で可否を判断することがポイントです。
ホテル・旅館業界のM&A事例
ここからは、実際にホテル・旅館業界であったM&A事例を2つ紹介します。
投資ファンドによる収益改善
「大江戸温泉物語株式会社(現:大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社)」は、2001年に温浴施設やテーマパークの経営を目的に設立され、各地で温泉テーマパーク事業を営んでいました。その後、2015年に外資系大手投資ファンドである「ベインキャピタル・プライベート・エクイティ・ジャパン(以下ベイン)」が、大江戸温泉物語グループの株式を取得してM&Aに至ります。
ベインは過去にすかいらーくホールディングスなどを買収しており、収益改善の実績を残しておりました。ベインは大江戸温泉に対しても、宿泊単価を下げるなど採算性やコスト管理を重視し、売上高も2015/2期決算から2019/2期決算までに100億円以上伸ばしています。
2016年には温泉旅館に特化した世界初のREITを設立することで大規模な資金調達を図るなどの試みをしている点も、投資ファンドがM&Aしたからこそ生まれた発想といえるでしょう。
新幹線開業に注目したマーケティング
今後の将来性を見込み、ホテルや旅館のM&Aを試みる事例も多くあります。例えば、ホテルの運営管理や事業再生を営むオリックス不動産株式会社は、2015年に北海道函館市の湯の川温泉にあるホテル万惣を取得して運営を開始しました。
オリックス不動産にとって旅館事業で初の北海道進出になる本件M&Aを試みたのは、訪日外国人の増加や、M&A実施翌年である2016年に北海道新幹線が開業することを見込んでいたからです。また、ホテル万惣側にとっても、1954年創業という老舗看板を守ることができるというメリットがありました。
M&Aは今後もホテル業界で重要な戦略
インバウンド増加や東京オリンピックなどをきっかけとして市場増加が期待されてきた旅館・ホテル業界ですが、近年新型コロナウィルスの流行などさまざまな課題が浮上し課題は尽きません。そうした状況下、M&Aによって新たな戦略を取ることも経営者には求められているのかもしれません。
有名な温泉地をはじめ、日本各地には潜在的に魅力ある観光地がたくさんありますが、かつての観光地の復興を目指してホテル・旅館業界を盛り上げていくためには、今までの知名度やブランドの再構築がカギを握るでしょう。M&Aは、リブランディングのきっかけとなり、今後の旅館・ホテル業界で重要な戦略となるはずです。
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