深刻な人手不足が取り沙汰される介護業界では、経営基盤の安定や人材の獲得を目指してM&Aを行う中小企業も多く、企業の吸収合併が盛んに行われています。介護業界と一口に言っても、中には様々な業態が存在し、それぞれに異なる専門性を持っていたり、課題の質が異なったりといった特徴があります。介護業界でM&Aが盛んに行われる背景や、業態ごとの特徴、介護業界でM&Aを行うメリットについて詳しく見ていきましょう。
介護業界でM&Aが注目されている理由
まずは、介護業界でM&Aが注目されている理由について、詳しく見ていきましょう。
M&A増加の背景には介護業界が抱える4つの課題が存在する
介護業界でのM&Aが増加している要因として、介護業界そのものが抱えている4つの大きな課題が起因していると考えられます。4つの課題とは、以下に挙げたものです。
・介護報酬が売上の大半を占めている
・深刻な人材不足による負担増
・激化する競合との競争
・事業の後継者不足
それぞれ詳しく見ていきましょう。
介護報酬が売上の大半を占めている
もともと介護業界では、収益の半分以上を国からの介護報酬で賄っている状況が続いていました。深刻な高齢化を受けて、導入された介護保険。その保険料を財源として支払われる介護報酬が、各事業所の収益源となっているのです。
そして、介護報酬は3年に1度改定される仕組みになっており、マイナス改定となることも少なくありません。マイナス改定になると、事業所に支払われる介護報酬が減少し、経営にダイレクトなダメージを与えてしまうのです。
こうした不安定な経営状況が続く介護業界では、とくに小規模な事業所や在宅サービスを展開する企業は、自社の努力で改善できる範囲が狭いため倒産に追い込まれやすく、必然的に廃業やM&Aを検討しやすくなっていると考えられます。
深刻な人材不足による負担増
介護業界で取り沙汰される人材不足も、M&Aに拍車をかける要因の一つです。増え続ける高齢者に介護サービスを行き届けるためには、2025年の時点で250万人の人材が必要と言われています。2020年現在の時点では、226万人の需要があるにも関わらず、206万人程度の供給に留まっている状況です。
現状でも、業界全体で20万人もの人材不足を抱えているため、各事業所にとっては採用コストや人件費を拡大せざるを得ず、経営が圧迫されています。
激化する競合との競争
介護業界には様々な他業種の企業が参入しており、競争が激化している状況です。資金力のある大企業などが参入してくることで、小規模な事業所は撤退を余儀なくされてしまいますし、廃業やM&Aを検討せざるを得なくなります。
後継者不足による廃業
介護業界だけでなく国内の中小企業全体に当てはまることですが、経営者の高齢化によって経営を続けられなくなるケースも少なくありません。後継者がいれば事業承継を行えますが、人材不足の中で後継者を見つけて育成するのは至難の業です。
こうした要因が絡み合い、介護業界では倒産や廃業に追い込まれる企業が後を絶たなくなっています。
相次ぐ倒産や廃業を防ぐためにM&Aは有効な手段
苦しい状況を強いられる介護業界ですが、その中でM&Aは苦境を切り抜けるための重要な手段と言えます。
売り手企業から見れば、廃業にかかるコストと比べるとM&Aによって他社に譲渡したほうがメリットがありますし、サービスも継続して提供していけます。従業員の雇用も守られるので、M&Aを選ぶ事業者が増加しているのは自然な流れと言えるでしょう。
また、買い手企業にとっても、ゼロから人材を育成したり、事業に必要な資産を揃えたりするよりはM&Aによって既存のサービスを所有したほうが時間をかけずに経営に着手できます。求人をかけてもなかなか人材が集まらない介護業界。その点、M&Aは既に従業員が揃っている状態からスタートできるので、買い手企業から見れば大きな魅力となっています。
介護業界で行われるM&Aの特徴や注意点
介護業界でM&Aを行う際は、介護業界ならではの特徴や注意点にも留意しておく必要があります。それぞれ詳しく見ていきましょう。
赤字の事業所でも譲渡しやすい
先述したように、介護業界でのM&Aで肝心なのは人材です。財政上は赤字であっても、既にサービスを提供していて、人材が揃っている状態であれば、買い手が付きやすいという特徴があります。
また、買い手企業が「訪問介護指示料」などの点数加算を目的にM&Aを行うケースも散見されるため、一概に「赤字だから買い手がつかない」という業界ではないことが分かります。
人材の流出が大きなリスクとなる
介護業界でのM&Aでは人材の流出に細心の注意を支払わなければなりません。
介護業界に限った話ではありませんが、M&Aによって経営者が変わることを従業員が察知すると、不安を感じて会社から離れていってしまうことがよくあります。人材が何より重要な介護業界では、特に情報漏えいには注意しましょう。
全ての事業所で新規指定申請が必要になる
介護業界で事業を営む場合は、様々な許認可が必要になります。M&Aによって経営者となる場合は新規の開業ではないため、許認可は必要ないように思えますが、それは株式譲渡の場合に限った場合です。事業のみを譲渡された場合は、保険請求で必要となる「新規指定申請」を事業所ごとに行わなければなりません。
このように、介護業界のM&Aでは注意すべきポイントがいくつか存在するので、あらかじめこれらの点を押さえておきましょう。
業態ごとにM&Aの特徴を紹介
介護業界と一口に言っても、その内容は多岐にわたります。ここでは、大きく3つの業態「訪問看護」「訪問介護」「福祉用具貸与・販売」に分けて、M&Aの特徴を紹介します。
訪問看護ステーションのM&A
訪問看護ステーションは、介護業界の中で最も買収ニーズが高い業態です。介護業界に不可欠な専門職である看護師は、全体的に見ても不足している職種であるため、看護師を獲得するために訪問看護の業態を買収する企業も少なくありません。
介護業界でM&Aを検討している買い手企業にとって、専門性の高い人材が重要であることが如実に現れていると言えます。
訪問介護ステーションのM&A
介護業界の中で最も廃業・倒産のリスクが高い業態が訪問介護です。小規模な企業が経営難に陥りやすい反面、規模の大きな企業が、さらなるシェアの拡大を目指してM&Aに取り組むケースも多くなっています。
訪問介護のM&Aで気をつけたいポイントは、労務関連での問題です。訪問介護の働き方としては、従業員が出社せずに利用者の家に直行し、仕事を終えたら直帰するスタイルが多くなっています。従業員の満足度が高まる一方、残業代の支払いや、移動中の事故を労災として認めるか否かについて裁判に発展したケースも存在します。
こうした潜在的なリスクを加味した上で、訪問介護の企業を買収する際はデューデリジェンスを丁寧に行い、簿外債務の有無を明らかにしておきましょう。
福祉用具貸与・販売のM&A
介護業界の中には、福祉用具を貸与・販売する業態も存在しますが、実は経営難に陥りやすい業態の一つです。2018年の介護報酬改定によって、全国の平均貸与価格の公表と、貸与価格上限が設定されたことにより、経営が苦しくなった企業が増えています。また、小規模に展開している企業も多く、深刻な後継者不足にも直面している業態です。
レンタルの売上や原価、利用者数などの数値でM&Aの見通しを立てやすい業態なので、買い手企業にとってもシンプルに決断を行いやすいという特徴があります。
M&Aは介護業界を救う光になりうる
介護業界が直面している問題はいずれも深刻なものですが、その中でM&Aという選択は経営難を乗り切る上でも重要な手段になります。この記事で紹介した内容を参考に、介護業界の実態やM&Aの特徴を押さえて、M&Aについて前向きに検討してみませんか。
監修: 株式会社エス・エム・エス 松本 様
EC企業やITコンテンツ企業で約10年間、法人営業やマーケティング、採用、新規事業等に従事した後、エス・エム・エスに入社。介護・医療の国内最大級のネットワークを活かしたM&A仲介サービス「カイポケM&A」のメンバーとして介護事業のM&A支援や経営サポートなどを担当。セミナーでの登壇も通して介護・医療業界の経営者様へ業界動向の共有やM&Aのノウハウ支援も行っている。
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