日本の農業人口は、地方の過疎化や事業者の高齢化、担い手不足等を原因に、年々減少の一途を辿っています。
国や農林水産省は、この課題を解決するために株式会社など法人を対象に、参入規制の緩和を進めていますが、経営能力を発揮できない企業も多く、近年では規制緩和による副作用倒産が急増しています。
今回は、法人によるM&Aを活用した農業分野への参入および事業継承について解説すると共に、実際にM&Aを行う上でのメリットやデメリットについても紹介していきます。
規制緩和で変化した農業の実態
1)農業法人の倒産のおよそ6割が小規模・零細企業
日本の農業は、古くから家族を主体とした事業を主流としてきましたが、少子高齢化や後継者不足などの社会課題を背景に、企業による参入が増加しています。
国は、有限会社や合同会社に限り認めていた法人による農業分野への参入を、2000年に行った規制緩和により、株式会社(公開会社を除く)にも範囲を広げ、2009年、2016年に施行した改正農地法では、農地のリース等を要件に参入の実質自由化を行いました。
そのため、農地を利用して農業を行う一般法人数は、2009年12月から2018年12月の9年間で約7.6倍(427法人→3286法人)に急増していますが、「野菜作農業」における企業の倒産件数は、過去20年で最多となる37件を数え、内約6割(56.7%)は小規模・零細企業となっています。
地域別の倒産件数では、東北地方が8件と最も多く全体の約2割を占め、東京商工リサーチの調査では、国内全9地域の内、6の地域で倒産数が前年度から増加に転じていると報告されています。
農業法人のM&Aが増加すると見込まれる理由
1)高齢経営者の引退で事業継承をせざる得なくなる
日本の農業現場では、高齢による離農や後継者不足など、農業を継続するための人的資源が恒常的に不足しています。
2018年に農林水産省が発表した「農業構造実態調査」によれば、日本の農業就業人口の内、約7割は65歳以上で、さらに3割は75歳以上という報告もなされました。
農業の事業継承にはM&Aのほか、親族内継承や親族外継承がありますが、若者の農業への関心はまだまだ低く、後継者を確保できない場合には、近隣の農家に栽培を引き受けてもらうケースがほとんどです。
それは、農業法人の場合も同様であり、経営者の高齢化は事業の縮小や廃業・倒産を招きます。農業法人のM&Aによる事業継承は、日本の農業を守り発展させていくための、自然発生的アクションになり得る可能性を秘めています。
2)規制緩和で参入しやすくなった
農業分野への参入は、大幅な規制緩和を経て、現在では農地面積や営農計画、周辺の農地への配慮など一定の要件を満たせば、農地の貸借を条件に全国どこの地域でも行うことが可能です。
参入の条件には、「農地の全てを効率的に利用すること」「一定の面積を経営すること」「周辺の農地利用に支障がないこと」などの基本的要件ほか、農地の解除条件等の付与が義務付けられています。
3)農業法人が規模拡大のためにM&Aを活用するニーズも高まる
農業法人のM&Aは、異業種からの参入のみならず、すでに事業を行っている農業法人が規模拡大のために活用するニーズも見込まれています。
規模拡大を目的とする農業法人が、経営者の高齢化や後継者の不在、経営難などの課題を抱える農業法人の買い手となることで、双方の目的と課題を解決することができます。
農業M&Aの手法とメリット・デメリット
1)農業M&Aの手法
通常のM&Aでは、合併や株式譲渡による子会社化・グループ会社化が一般的ですが、農業法人では、事業そのものを譲渡する「事業譲渡」と、農地を資産とした「資産譲渡」の2つの方法が多く活用されています。
これは、農地法の規制によるものが大きく関係しているためで、法人が新たに農業を開始するには、市町村および農業委員会などが定める以下の要件を満たす必要があります。
1.全部効率利用要件
農地の権利を取得しようとする個人や法人は、権利を有している農地および許可申請に係る農地のすべてについて、効率的に利用して事業を行うことが求められます。
2.農地生産法人要件
法人が農地の権利を取得する場合、その法人は農業生産法人であること。
3.農作業常時従事要件
農地を取得しようとする個人や法人は、取得後に行う農作業について原則で年間150日以上従事すること。
4.下限面積要件
取得後の耕地面積が50a以上であること。
5.地域との調和要件
農地を取得した個人や法人は、周辺地域における農地の総合的利用について、支障を生じさせないこと。
2)農業M&Aのメリット
農業法人のM&Aによる事業継承は、高齢化が進む日本の農業人口において、従事者の若返りや農業人口の増加につながる効果的な手段のひとつといえます。
売り手は従業員の雇用を継続した上で、全国各地を範囲とした地域から後継者を探せるほか、事業の売却代金を受け取ることができる一方、買い手は設備投資を行うことなく、栽培ノウハウや農業機械の使用方法など、事業に係る知識や技術を持った従業員をそのまま雇用できるメリットがあります。
3)農業M&Aのデメリット
しかし、農業法人のM&Aによる事業継承にもデメリットはあります。
農業法人のM&Aによる事業継承では、必ずしも希望の売り手・買い手が見つかるとは限らず、希望のタイミングで売却・取得できないケースも発生してきます。
また、M&Aによる経営者の交代は、社風や評価システムの変更を招き、従業員との信頼関係を築けないとモチベーション低下や離職などの要因につながる恐れがあります。
農業のM&Aで気を付けるべきポイント
1)買い手は農地所有適格法人の要件を満たさなければならない
農地を「所有」して農業を行う事業を継承する場合、買い手は農地所有適格法人の要件を満たすことが必要になってきます。
法人の形態要件は、公開会社ではない株式会社、農事組合法人、合弁会社、合名会社、合資会社、合同会社で、主たる事業が農業(農産物の加工・販売等の関連事業を含む)であることが条件です。
要件には、議決権の過半数を事業関係者が保有する内容ほか、役員の過半数が常時従事(年間150日以上)することなどが示されています。
近年は、飲食大手のワタミグループや食品製造のカゴメ食品など公開会社も農業事業に参入していますが、いずれも非公開の生産法人を設立した上で事業を行っています。
ワタミグループでは、自社農場である有限会社ワタミファームを設立し、有機野菜や特別栽培農産物の生産を行っています。
カゴメ食品では、合弁会社等の法人を全国の生産地で設立し、野菜ジュースやトマトジュースの原材料を生産しています。
2)M&Aによる事業継承の成功ポイント
売り手がM&Aによる事業継承を成功させるためには、希望通りの条件で売却できるように企業価値を高めておくことがポイントです。
栽培品目の選定や販路の拡大は元より、農産物の加工・流通・販売を一貫して行う6次産業化や、ドローン、AI、ロボットなどスマート技術を活用した先進的な農業経営などは、企業価値を高める大きな材料となります。
また買い手は、継承後にこれらの方法や技術を導入することで、作業の効率化や収益力の向上、従業員のモチベーションアップを図ることができます。
まとめ
日本の農業を取り巻く環境は、耕地面積の減少や農業人材の不足、食料自給率の低下など、さまざまな課題に直面しています。
また、国外市場においてもTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の締結や日米間FTA(2国間以上で締結される自由貿易協定)など、早急な国際競争力の強化が望まれています。
農業法人のM&Aによる事業継承は、高齢化や人材不足に悩む国内農業の活性化のみならず、国際競争力の強化など日本農業が今後抱えることになる様々な課題を解決するひとつの選択肢になるのではないでしょうか。
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