「長年にわたって経営者としてやってきたけれど、数年後には引退を考えている。
後継者の第一候補に息子はいるが、事業承継では多額の税金が発生するケースもあるらしい…。
家族に税金の負担を負わせないためにはどうすればいい?」
経営者が会社のオーナー(過半数以上の株式を所有する株主)である場合、現経営者の引退は、株式の移転を伴うことになります。オーナー企業の株式も財産のひとつですから、金額が大きい場合は贈与税や相続税といった多額の税金が発生することに注意が必要です。
そこで、中小企業が事業承継に当たって税金の負担を最低限にするために、事業承継税制の活用が考えられます。近い将来に事業承継を行うことを検討している経営者にとっては、本来支払うべき相続税や贈与税を免除してもらえるため注目されていますが、そのためには事業承継のプロセスの前後で、ある一定の条件をクリアし続けなければいけません。
今回は、事業承継税制によって中小企業の経営者が得られるメリットとデメリットを把握していただき、日本全体の企業数の99%以上を占めるといわれている、中小企業が検討すべき事業承継の選択肢について考えていきます。
事業承継税制によって贈与税や相続税の納税免除もあり得る
通常、現経営者が所有している株式を、引退に伴い後継者にゆずる場合には、贈与税や相続税といった税金を負担しなくてはなりません。
どのぐらいの税金が発生するかは株式の価値によって異なるので一概には言えませんが、例えば、1億円の価値がある非上場株式を一人息子に相続させた場合、およそ1200万円の相続税が発生します。
相続税は相続発生後10カ月以内に、現金で納付しないといけませんから、こうした負担の発生はただでさえ混乱が予想される事業承継後の会社の資金繰りに大きな影響を与えてしまいかねません。
一方で、事業承継税制を利用した場合には、一定の条件のもとに贈与税や相続税の負担を猶予してもらうことが可能となります。
(※「一定の条件」については後で詳しく見ますが、ごく簡単にいえばこれまで通りに事業の経営を続けることが求められます)
さらに、猶予(待ってもらえる)とはいっても、事業承継税制を利用し続ける限り、実質的に税金の負担を免除してもらうのと同じ扱いになりますから、非常に大きなメリットがあるといえるでしょう。
事業承継税制を利用した場合のデメリットって?
一方で、事業承継税制を利用する際に考慮しておくべき点もあります。
具体的には、以下のような不利益が生じる可能性があることを理解しておきましょう。
- 事業承継後5年間は後継者が事業を継続しなくてはならない
- 会社が解散したような場合、税負担の免除が打ち切られ負担が増加する
- 継続届出書の提出など、手続き的な負担が生じる
- まだスタートして日が浅い制度であるため、相談できる専門家が少ない
- 親族に事業承継する場合、遺留分をめぐって相続トラブルが生じる可能性がある
認定された企業は、事業承継後5年間は、後継者となる人が事業を廃業することなく経営を続けることがひとつの大きな条件です。もし事業承継後5年以内に廃業等をした場合、猶予されていた税金の支払い義務が生じるほか、猶予してもらっていた期間中の利子税を負担しなくてはなりません。
事業承継にかかわる相続トラブルに注意
また、遺産となる財産のほとんどが会社の株式であるような場合には、その株式を相続する後継者と、その他の親族の間に遺産の取り分をめぐる相続トラブルが生じてしまう可能性があります。
先の経営者とごく近しい関係にあった人(配偶者や子供、父母など)には、法律上「遺留分」という権利が認められていますから、遺産の相続ができなかった親族がこの遺留分の行使を行うと、最悪の場合には後継者が会社の経営権を失うことも考えられます。
親族への事業承継を検討している場合は、この制度の内容に精通した専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。
事業承継税制を利用するための条件
上では「事業承継税制では、『一定の条件』のもとに後継者が事業を継続する場合に、相続税や贈与税の猶予を受けることができる」という説明をいたしました。
この「一定の条件(=事業承継税制を利用するための条件)」がどのようなものであるのかについて、理解しておきましょう。
事業承継税制を利用するためには、大きく分けて次の4つの条件があります。
① 先代経営者に求められる条件
② 後継者となる経営者に求められる条件
③ 事業を引き継ぐ会社の条件
④ その他手続き的な条件
以下、それぞれの条件について具体的に見ていきましょう。
① 先代経営者に求められる条件
事業承継税制を利用するためには、先代経営者の人が次の条件を満たしていなくてはなりません。
・会社の代表権を有していたこと
・事業承継が生じるタイミングで、会社の議決権の50%超を有していたこと(親族の保有分を含めてカウントします)
・親族の中での筆頭株主であること
ごく簡単にいえば、会社の経営権を一手に握るオーナー経営者であることが必要となります。
② 後継者となる経営者に求められる条件
後継者として会社の経営を引き継ぎ人は、以下の条件を満たさなくてはなりません。
・事業承継が生じた日(相続発生日など)の翌日から数えて5か月以内に、会社の代表権を持つ状態になっていること
・事業承継によって会社の議決権の50%超を保有する状態となること(親族の保有分を含めてカウントします)
・親族の中での筆頭株主となること
・先代経営者が60歳未満で死亡したことによって事業承継が生じる場合には、相続発生の直前にすでに役員であったこと
・贈与によって事業承継を行う場合は、役員に就任してから3年が経過していること
・事業承継後5年間は後継経営者として事業を継続すること
③ 事業を引き継ぐ会社の条件
事業承継税制の適用をしてもらうためには、ごく大まかに言うと「中小企業である事業会社」であることが必要です。
具体的には、以下のいずれかに該当する会社は「中小企業である事業会社」とはなりませんので、事業承継税制を利用することができません。
・証券取引所に上場している上場企業は利用不可
・法律上、中小企業に該当しない大規模な会社は利用不可(製造業であれば3億円以上の資本金がある場合や、常時雇用の従業員が300人を超えるような会社は大規模会社に該当します)
・風俗営業を主な事業としている会社は利用不可
・株や不動産など、実質的にオーナーの資産を管理することが主な存在理由である会社(資産管理会社)は利用不可
・実質的に休眠状態にある会社(収入が0円であったり、従業員が1人もいなかったりする会社)は利用不可
事業承継税制は、事業会社として日本経済に貢献している中小企業が、後継者の不在によって実質廃業に追い込まれてしまう状況を克服するために設けられた制度ですから、こうした制度の趣旨に合致しない会社については事業承継税制を利用することができません。
④ その他手続き的な条件
事業承継税制の利用にあたっては、その他以下のような手続き的な条件があります。
・税務署に対して担保を提供すること(通常は事業承継の対象となる会社の株式を担保とします)
・相続税の申告期限(相続発生から10か月)までに都道府県知事の認定を受けること
・事業承継後の会社の経営計画(特例承継計画)を作成し、都道府県知事の認定を受けること
・事業承継後、5年間は従来雇用していた従業員の8割を雇用維持すること(ただし、一定の条件のもとに都道府県知事の確認を受ければこの要件はクリアできます)
制度を使った事業承継が困難である場合の選択肢
このように、事業承継税制を活用する場合、後継者となる人物の人生にある程度の制限を加えることを余儀なくされます。
後継者となる人の立場からすると、「経営者以外の選択肢を今後選ぶことができない」という不満を持つこともあり得ますし、引き継いだばかりの会社の経営がこれまで通りに順調に進められる保証はありません。
同制度を活用した事業承継を行うことにためらいがある…という場合には、その他の選択肢も検討してみるのはいかがでしょうか。
具体的には、有望な他社に対して会社株式や事業を譲渡するなどの方法により、親族には現金の形で財産を残し、会社は家族から独立した事業として存続させることが考えられます。
中小企業庁の調査によると、近年では事業承継を親族内で行うケースは全体の4割程度にとどまっており、親族以外の人へ事業承継を行うケースは今後も増加していくものと思われます。
家族への負担を少しでも小さくしたい場合には、譲渡という形の事業承継も選択肢として十分にあり得るでしょう。
まとめ
今回は、近い将来に後継者に経営を引き継ぐことを検討している経営者の方向けに、事業承継税制を利用するメリットやデメリットについて解説しました。
事業承継税制を利用するためにはさまざまな条件がある他、必ずしも親族内承継のみが選択肢として正解とはならないことをご理解いただき、慎重に判断しつつ、税理士その他の専門家から具体的なアドバイスを受けることをおすすめします。
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