昨今、事業承継は日本に立ちはだかる大きな課題となっていますが、日本の中小企業の事業承継を難しくしているのは、後継者の不在だけが原因ではありません。中小企業の経営者が、技術やノウハウのデータ化にどれだけ早く対応できるかという、最新技術への対応力も問われているといえるでしょう。
従来ならば、経営者は5年先、10年先を考えながら自身の後継ぎをじっくりと育てることができました。しかし、適任といえる人材がいないため、これまで培ってきたノウハウや技術を後継者に承継することが困難になっているのが現状です。そうした経営者の課題を尻目に、AIの技術は急速に発展し、経営者は抗うすべなくデジタル化の影響を受けていくことになります。そのため、今後も中小企業が生き残れるかどうかは、すさまじいスピードで発展するAI技術への対応力も関係していくのではないでしょうか。
これは裏を返せば、早いうちに技術の導入に取り組んだ企業のほうが、取り組まずに既存の組織運営を続けた会社よりも、将来存続している可能性は高いということになります。会社の資産管理から業務の運営まで、今後あらゆる面でデジタル化されていく未来が確実だからです。
AI技術の導入は会社にとってどのようなメリットをもたらすのか、事例をもとに紹介します。
はじめに、AIは仕事を奪いません
AIが企業の仕事を奪うといった話しが取り沙汰されることがあります。しかしこのような考えは、いったん捨てましょう。企業がAIを使いこなすことは、経営の改善や効率化に大きく寄与します。つまり、AIは企業の仕事を奪う技術ではなく、経営の効率化や事業承継のための後継ぎ育成に活用するべき技術といえます。
では、実際にAIはどのように会社の事業承継を助けるのでしょうか。
人工知能の可能性は無限大です。「知能」ですから、私たちの技術や知識、経験を学習することができます。つまり長年かけて培うような仕事のノウハウや職人の勘などをAIに学習させることで、次世代が事業を継承する時に備えて、技術をデータ化しておくことができるのです。つまり、会社を廃業させることなく、次の後継者に繋げることができるということです。
AIの仕組み
AI技術の仕組み自体は難しいものですが、活用することはそれほど難しいことではありません。従業員にノウハウや職人の技術を教え込むには長い時間がかかりますが、AIははるかに簡単に、短期間でそれを学んでしまうのです。ただ、「AIが学ぶ」と言ってもなかなかピンときませんよね。
AIが学習をするためにはまず、人間がAIに「良いもの」「悪いもの」などのサンプルをデータとして入力しなければいけません。そして、AIが下した判断や評価に対して、人間が点数を付けてあげることで、AIはより精度良く評価や判断を下すようになります。
このようなAIが育つ仕組みは、機械学習と呼ばれ、AIを育てるもっともスタンダードな方法です。
事業承継に活用できるAI技術の開発
熟練の技術の引き継ぎのために活用
例えば、製造業の金属加工において、熟練の技術者の高齢化と若手社員の確保が困難なため、事業承継ができないというケースを考えます。
株式会社京都科学は、画像認識技術やセンサーを利用して、AIが熟練した技術者の手技を学習し、他の作業員へ技術的な助言をするシステムを開発しました。
このシステムを活用すれば、AIが熟練の技術者の代わりに育成を行うため、技術を承継できないことによる後継ぎ不足、そして廃業という問題の解決に繋がるといえるでしょう。
出典:平成29年度中小企業の特定ものづくり基盤技術の高度化に関する指針に関する調査事業報告書
経営のノウハウを学ぶAI〜既存顧客の引き継ぎのために活用
事業承継を行う際は、既存顧客の引き継ぎを考えなければいけません。
この課題をスムーズに解決するために、ゼネリックソリューション株式会社が膨大なデータ(ビッグデータ)をAIで処理することにより、顧客の状況を分析、回答するシステムを開発しました。
現状、既存顧客の引き継ぎに必要な情報は、経営者の頭の中に膨大なデータや経験として蓄積されており、目に見えるものではありません。つまり、すべてを引き継ぐことは不可能でしょう。
そんなとき、ゼネリックソリューション株式会社が開発した顧客ひとりひとりの状況を判断、回答するシステムを活用すれば、経営者がこれまで経験と勘を用いて頭の中で行ってきた、顧客対応のコツや経営上の意思決定プロセスを見える化することができます。
よって、事業承継による顧客の引き継ぎがよりスムーズになることを期待出来るでしょう。
企業によるAIの活用事例
ではAIが現在どのように活用されているのか、そして事業承継や事業存続にどんな貢献をしているか、実際に見ていきましょう。
AIによる工程管理支援〜画像認識技術の応用
福井県の株式会社オーカワパンは、毎日30種類以上のパンを県内外の150拠点に焼きたてパン配送しています。
焼きたてで美味しいパンを作るためには工程管理が欠かせませんが、製造工程のデータを手作業で管理し、工程計画を作ることは限界に達していましたが、AIが工程計画を作るシステムを導入することで、経営の効率化に成功しています。
まず営業担当者が翌日の発注データをシステムに入力します。AIはこのデータをもとにして、翌日の材料投入量などの工程計画を出力するのです。これまでは人の経験や勘という主観的な判断と、膨大な量に上る手作業で工程計画を作っていましたが、AIに任せることにより客観的かつ精度が高い工程計画を作成できるようになりました。
また製造工程では、画像認識技術によって、原材料の配合量、記事の温度、製品の色合いなどを分析、データ蓄積しています。
さらにリアルタイムで工程を管理しているため、他部署との連携もスムーズになり、パンの品質向上、経営改善に繋げることができました。
参考サイト:情報誌 F-ACT(ファクト)vol.033
AIで24時間365日、牛を見守る
株式会社ファームノートは、AIを活用した牛の個体管理システムを構築しました。
このシステムは、センサーが牛の行動データを取得し、AIを活用して発情兆候や体調変化など個体ごとに判断します。
発情兆候や体調変化の判別をするには、長年の経験や多くの知識が必要ですが、AIに任せることで、技術の引き継ぎ、後継ぎ問題の解消に繋がります。
養蜂業のIoTとAI活用の試み
インターネットを介して、モノの遠隔操作や監視をする技術をIoT(Internet of Things)と呼びます。現在、そのIoTが様々な業種で急速に拡がっているのです。
養蜂業では、温度や湿度などの環境測定のために、実際に巣箱を確認する作業が発生します。広島県のはつはな果蜂園は、巣箱にセンサーを取り付けることで、温度や湿度などのデータを計測し、スマートフォンで確認出来るシステムを構築しました。これによって業務効率化が進み、はちみつ生産量も増えているといいます。
はつはな果蜂園は今後、温度や湿度など巣箱のデータをAIで解析し、巣箱の状況判断、異常検知などを行うことを視野に入れています。
今後AIで巣箱の状況を分析できるようになれば、はつはな果蜂園に限らず、養蜂業全体の発展にも繋がるでしょう。
(参考サイト:【ICT訪問記】養蜂業×IoT/AIでより効率的・高品質なハチミツ生産を目指すはつはな果蜂園)
まとめ
中小企業の事業承継では、後継者不足はもとより、技術や経験など言葉にできないノウハウや経験のスムーズな引き継ぎを求められています。
これまでは長い年月をかけて後継者の育成が可能だったかもしれませんが、AIを活用し技術や経験を学習させることで、経済全体のデジタル化やIT化に対応しつつ中小企業が培ってきた貴重な技術の承継をサポートできることでしょう。
またAIは、人による主観的判断を排除し、客観的かつ精度の高い結果を導くため、経営効率化や製品の品質向上にも役立ちます。
つまり、AIは私たちの仕事を奪う脅威ではなく、中小企業の事業承継や経営効率化に寄与する技術であるということを理解していただけるのではないでしょうか。
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