
千葉県柏市に本社を置き、工業用フィルターの製造・販売業を手掛ける「株式会社エイ・エム・シィ」は、2025年2月、家庭用フィルターの販売・製造などを手掛ける「新北九州工業株式会社」を譲り受けました。エイ・エム・シィの代表を務める森下直樹様は、社長就任後1年以内に従業員の待遇改善や給与アップなど、大胆な変革を実現。そして今回、事業成長に向けたM&Aを成立させました。成約に至った交渉の舞台裏やM&A後の構想について、森下様にお話を伺いました。
譲渡企業 | |
---|---|
社名 | 新北九州工業株式会社 |
業種 | 製造業(家庭用フィルター) |
拠点 | 福岡県 |
譲渡理由 | 後継者不在 |
譲受企業 | |
---|---|
社名 | 株式会社エイ・エム・シィ |
業種 | 製造業(工業用フィルター) |
拠点 | 千葉県 |
譲受理由 | 新規エリアへの進出、 既存商品・サービスの強化 |
乗馬とホースセラピーが導いた縁で、思いがけない社長就任
1993年に先代社長によって創業されたエイ・エム・シィは、工業用フィルターの製造・販売が主要業務であり、その製品は多くの工場や工事現場で使用されています。もともとこの会社と縁のなかった森下様が社長に就任されたのは、趣味の乗馬がきっかけでした。
「私は会社員時代、医療機器メーカーのサプライチェーンの責任者を務めてきました。当時、趣味で乗馬クラブに通っていたのですが、そこで知り合ったメンバーの一人がお子様向けにホースセラピーの活動をしていました。ホースセラピーとは、馬と触れ合うことで心身の健康を促進する療法です。
私はその活動にボランティアとして参加しており、その活動が発展・独立するかたちで、ホースセラピーと児童発達支援などを組み合わせた活動を行う『一般社団法人ヒポトピア』が誕生しました。その頃、私は50代半ば。会社員生活もそろそろいいかなと思い始めたころで、ヒポトピアの理事・スタッフとして常勤することになりました。」
このヒポトピアのボランティアの1人が、エイ・エム・シィ前社長の娘様であり、ビジネスの経験が豊富な森下様に対して「父が事業承継で悩んでいる」と相談されたそうです。
「相談を受けて社長とお会いし、そこから私が経営コンサルタントの立場で関わることになりました。当初は、週2回・3か月かけて組織の内部や経営状況を把握し、改善策を提案する予定でしたが、プロジェクトが本格指導する前に社長が急逝されてしまいました。
エイ・エム・シィの経営層の1人が社長を継いでからも、私は経営コンサルとして引き続き経営をサポートする予定でしたが、調整がうまくいかず。ご親族からの強いご要望を受けるかたちで、2024年3月に社長に就任したという経緯です。」
就任1年で大胆改革!平均給与30%アップ&職場環境を劇的改善
社長就任後、森下様は約1年間で大胆な経営改革を断行されました。給与体系では、ペイ・フォー・パフォーマンス(業績や成果が給与に反映される仕組み)を導入し、従業員の給与を平均30%アップ。同時に、製造現場のIT化や組織内の連携強化を推進しました。
福利厚生面では、自動販売機やオフィス野菜(職場内に冷蔵庫を設置し、野菜やフルーツなどを届けるサービス)を導入し、購入費用の一部を会社が負担。また、職場環境の改善では、工場に遮蔽用の屋根とエアコンを設置し、すべての窓を断熱窓に交換するなど、1年の間にさまざまな取り組みを実施されています。
「現在は、製造業の職場のイメージを大きく変えるため、ホテルのような雰囲気のトイレや女性用パウダールームの施工を進めています。柏のオフィスもリ・デザインを行い、カフェのような空間にします(2025年夏完成予定)。
製造業で人材不足に悩む経営者が多いですが、嘆いても解決にはなりません。そこで私たちは、会社のブランディングを強化し、地域の皆様に『エイ・エム・シィで働きたい』と思っていただける雰囲気を醸成する努力をしています。」
エイ・エム・シィはもともと黒字体質の優良企業でしたが、改革によってさらなる高利益体質に変化しつつあります。この改革と同時並行で、森下様はM&Aも計画・実行を進めてきましたが、そこにはどのような戦略があるのでしょうか。
「経営コンサルタントとして先代社長をヒアリングしたとき、西日本エリアへ進出したいとの要望がありました。これを実現するには、2つの選択肢があります。1つ目は、西日本の事業所を立ち上げる方法。そして2つ目が、西日本エリアの会社とM&Aをする方法です。今回は新北九州工業とのご縁があり、M&Aを選択することになりました。」
フィルター業界の新たな展開!工業系と家庭系の統合で領域拡大
エイ・エム・シィの本社は千葉県柏市、製造機能の一部は茨城県稲敷市にあります。一般的に関東圏の会社が西日本エリアに進出する場合、大阪などの関西圏が候補地になることが多いですが、森下様は北九州市にある新北九州工業を譲受先として選択。その理由について、森下様は以下のように解説します。
「九州エリアの会社を選んだ一番の理由として、工場の誘致に力を入れる自治体が多く見られることが挙げられます。その代表例がTSMC(台湾積体電路製造)、東京エレクトロン、ソニーグループなどの熊本県における半導体製造拠点の進出です。当社が製造・販売するフィルターは半導体の製造現場でも使用でき、この九州経済圏の大きな流れが、私たちの販路拡大に追い風になるのではないかと考えております。
また、新北九州工業は新門司港から車で約3分、北九州空港から車で約30分という好立地です。新門司港周辺では都市開発と企業誘致が進められており、製造業にとっては理想的な環境だと感じました。」
新北九州工業とエイ・エム・シィは、どちらも「フィルターの製造・販売」を主要業務にしているという共通点がありますが、活用方法や強みに細かな違いがあります。
「新北九州工業は、レンジフードなど家庭でよく使われる不織布フィルターを得意とし、エイ・エム・シィは工業系フィルターを専門としています。この両者が統合することで、取り扱うフィルターの領域がお互いに広がり、売上拡大が期待できます。
また、新北九州工業は不織布を原反(加工する前の生地)から製造しているという強みがあります。事業を上流から行っているため、顧客のさまざまなご要望に柔軟に対応することが可能です。
さらに、新北九州工業を譲受することで、事業の柱を増やせるメリットもあります。同社はプラスチックの射出成形の事業を手掛けており、大手企業や中堅企業と直接取引を行っています。この企業を譲受することで、グループ全体で事業の柱を増やすことができ、安定経営に寄与すると考えています。」
複数の候補企業の中から、エイ・エム・シィが選ばれた理由とは?
新北九州工業の財務状況は、典型的な優良企業の経営体質でした。同社は近年、十分な営業利益を確保している一方で、借入金が少なく現金も蓄えていました。そのため、複数の企業が譲受に向けて動いており、その中には上場企業も含まれていたといいます。さらには、エイ・エム・シィは競合から遅れて交渉を開始しており、不利な状況から挽回して成約に至った形になります。
「具体的な社名はわかりませんが、競合他社には大手企業も複数含まれているようでした。大手企業は事業の安定性という観点でメリットがありますが、譲渡後に経営の自由度が制限される可能性があるというデメリットもあります。新北九州工業の渡辺社長は、M&A後も事業に関わることを希望されていたため、それらのことを対話の中でお伝えしました。
また、大手企業が今回の規模のようなM&Aに取り組む場合、自社株を100%買い取るのが一般的です。これに対して、当社が譲受する場合には、渡辺社長に自社株の一部を継続して保有していただくという条件を提示しました。つまり、お互いに株を保有しながら企業価値を高め、正当なリターンを得ようというご提案です。これにより、今後、渡辺社長が事業に携わる際のモチベーション向上につながるのではないかと考えました。」
譲渡企業の社長の心情に沿った提案もあり、エイ・エム・シィとのM&Aが成立。本案件は、M&A仲介会社であるゴエンキャピタル株式会社が仲介役としてご成約まで関わりました。ゴエンキャピタルのサポートについて、森下様は以下のように振り返ります。
「ゴエンキャピタルの担当者である中野さんは、常に誠実な対応をしてくださったため安心してM&Aの交渉を進められました。話し方がソフトで、レスポンスが早く、的確なアドバイスをいただける非常に優秀な方でした。」
スムーズな統合のカギは人にあり!効率的な統合が進行中
エイ・エム・シィが新北九州工業を譲受したのは、2025年2月初旬。M&Aのご成約から約1か月が経ち、本格的な統合作業が始まっています。現時点で、森下様はどのような感触をもっているのでしょうか。
「統合において、譲渡企業の社長の人柄は非常に重要だと思います。その点で言うと、渡辺社長はコミュニケーションに優れた方で、お話がわかりやすく、こちらの意見にも真摯に耳を傾けてくださいます。また、現場を管理する営業責任者、工場責任者も意思疎通がしやすい方々だなという印象です。
私が統合で関わるのは、この3人が中心です。彼らとのコミュニケーションがスムーズなため、無駄なエネルギーを使わずに統合を効率的に進められていると感じています。」
統合における投資や改善について、新北九州工業は基盤がしっかりしているため、森下様は最小限の金額で済むと感じておられます。
「新北九州工業は近年、工場の建屋の改修や財務の健全化に力を入れてきたため、この部分の改善はほとんど必要ありません。古い設備が一部あるため、その交換に投資が必要なくらいでしょう。あとは、マンパワーと業務の効率化に一定額を投資すれば、売上と営業利益が大きく伸びると確信しています。」
企業の枠を超えた地域の変革へ!みんなが軽やかに生きられる場をつくる
森下様は会社員時代に部門責任者としてM&Aに携わったご経験があり、エイ・エム・シィの社長に就任してからも短期間で変革を実現されました。このご経験をもとに、M&Aを成功させるコツについてアドバイスをしていただきました。
「M&Aをしたことで、従業員のモチベーションを高める流れをつくることが重要です。そのためには、従業員の給与アップと職場環境の向上が欠かせません。エイ・エム・シィの場合、財務体質が非常に健全だったため、すぐに従業員の平均給与を約30%上げられました。
財務が厳しい状況においても、その制約の中で給与アップや職場環境の改善を進める意思を明確に示すことは重要です。『現段階ではこれくらいしか改善できませんが、今期これくらいの利益が出たら、このように改善します』といった、具体的な道筋を示すことが大切ではないでしょうか。」
また、多くの中小企業が人手不足などを理由に淘汰されていく流れの中で、生き残った企業がM&Aを活用して顧客や労働者の受け皿になることが重要であると森下様は提唱されています。新たな企業を迎え入れたエイ・エム・シィは、今後どのような成長戦略を描いているのでしょうか。
「私たちの得意分野である工業と、地域に根ざす農業を組み合わせて、ご高齢者や障がい者、シングルマザーなどが持続的に働ける場を、エイ・エム・シィの工場がある茨城県稲敷市に創出するSSP(サステナブル・ソリューションズ・プロジェクト)を現在進めています。
具体的には、ご高齢者や障がい者、シングルマザーなどが自分らしく働ける小規模な作業場や耕作放棄地を再生させた畑があり、同じ区画には農家レストランがある。また、塾に通えない子どもたちが気軽に利用できる寺子屋のようなスペースがあり、近隣の大学生がサポートする。
これは、エイ・エム・シィの労働環境の改革と共通していますが、“みんなが軽やかに生きられる場”をつくること、これが今後の私の目標であり役割だと考えています。」
地域の方々や自治体、金融機関などと連携しながらSSPを精力的に進めたいと力強く語る森下様。プロジェクトの成功とグループのますますのご発展を、バトンズ一同心より応援しています!
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