「北条米」とは、茨城県つくば市の筑波山麓に位置する集落「北条地区」において生産されてきたお米の品種です。かつては皇室献上米として重宝されたお米でしたが、戦後の人口減少の影響を受けて、北条米産業は衰退していってしまいました。しかし2007年、筑波大学生と連携したプロジェクトを通して、北条米は再ブランド化されていきます。今回は、その様子をご紹介していきます。
北条米ってどんなお米?
北条米は、戦前に皇室献上米とされていたとあって、非常に特徴的でかつ高品質なお米の品種です。基本的な品種はコシヒカリで、筑波山麓でのみ生産されるという特別栽培米の味は、ほどよい粘り気と弾力が印象的で、加えて他の品種よりも冷めにくいという特徴もあります。
この品質が形成された大きな要因は、なんといっても筑波山からの自然の恵みです。豊穣な筑波山麓の大地と、天然の水資源から、豊かなミネラル成分をたっぷり得ることで、北条米の特徴的な味が生み出されました。
北条米産業のこれまでと衰退
戦前までは皇室献上米として、今でいう「ブランド米」の地位を占めていた北条米でしたが、戦後になると北条米産業自体が徐々に衰退していきます。
戦後すぐの時代には、農地改革のあおりを受けて、農業規模の拡大や生産力増加がうたわれたことで、北条米の生産にも力が入れられました。減反政策による米の生産調整が行われるようになってからも、北条米はブランド米として商品単価を高く維持することができたので、販路に困ることはありませんでした。
しかし高度経済成長を経て、北条地区にも市街地化、そして過疎化の影が迫ってくるようになります。つくば研究学園都市の建設が始まると、急激な人口の移動が発生し、つくば市の中心部としての北条は過去のものとなっていきました。北条米産業自体は残っているものの、北条地区では次世代の産業を担う跡継ぎの不在問題が次々に発生し、町は衰退を余儀なくされていったのです。
北条米ブランドの再構築
こうしたなか、2007年にある転機が訪れました。それが北条米を使った新しい地域資源を作る動きが始まったことです。当時北条地区で行われている「北条祇園祭」の企画が行われていましたが、その中で北条地区の新しい地域資源になるような商品を作りたいということになったのです。そこで重要な役割を果たしたのは、北条地区の人々と、筑波大学の学生でした。
元々筑波大学の学生たちは、学生団体「チームごじゃっぺ」として、北条地区のまちづくりに関わっていました。彼らは自分たちの研究や学生団体としての活動をする一方で、北条地区のまちづくりの担い手でもあったのです。そんな彼らと北条地区の人々の間で、新たな地域資源として考案されたのが、北条米を使ったアイスクリームである「北条米スクリーム」でした。
北条祇園祭でふるまわれた北条米スクリームは非常に好評で、北条地区のカフェで販売されるようになり、ブランド米を使ったアイスクリームという商品は、人々の興味を引き寄せ、北条地区の人々だけでなく、訪れた観光客のブログやSNSを通して広くアピールされることになりました。こうして多くの人々から高評価を得た北条米スクリームは、本格的な商品化(事業化)の道を進むことになりました。
北条米スクリームを商品化するうえで必要とされたのが、事業の資金提供先です。そこで彼らは「茨城県がんばる商店街活性化コンペ事業」(通称がんばるコンペ)に参加。これは茨城県が企画した支援事業で、県内のさまざまな事業の応募を受け、優秀な事業に補助金を交付するというものです。北条地区の人々と筑波大学の学生たちは、北条米スクリームの事業化をがんばるコンペにて提案、結果として優秀賞を得ることができました。
当初はカフェの厨房で調理されていた北条米スクリームでしたが、事業資金を得たことで工場生産に踏み切ることに。5回にわたる試作会を乗り越え無事、商品として本格的に生産されることになります。また商品のラベルやキャッチコピーの考案など、販売のために必要な多くの工程も北条地区の人々と学生たちによって行われました。
こうして北条米スクリームは、ブランド米を使ったアイスクリームとして商品化され、北条地区の新たな地域資源としての地位を確立していきました。生産・販売の過程はすべて整備され、企画の中心人物がリタイアしたとしても、十分に産業が維持されるような仕組みも整えることができました。かつて皇室献上米としてブランド力を持っていた北条米は、現代において新しいブランドを再構築したのです。
商品化のその後、学生と地元住民による町おこしの難しさ
北条米スクリームの商品化は完了しました。しかしその後、北条米スクリームを契機に北条地区が活性化したのか、という点では大きな疑問が残ります。北条米スクリームという新しい地域資源は生まれましたが、実際の北条地区を見てみると、やはり人口減少、産業の衰退という波から逃れることはできていません。
また筑波大学の学生団体との協力も、現在では途絶えてしまっています。その大きな原因は、北条地区のまちづくりに積極的にかかわってきた学生たちの卒業でした。彼らの多くは卒業後につくば市を、北条を離れることになり、そんな彼らの後を継ぐ学生たちの数も徐々に減っていきました。
学生と協力したまちづくり事業の難しい点はこの部分です。言うなれば学生は期間限定の助っ人的存在であり、最終的に地元住民だけで維持・発展させていくことができなければ、持続的な地域おこしにはなりません。北条地区ではそれを見越して、それぞれの事業を地元住民だけで維持できるようにと対策に取り組んでいましたが、発展させることは難しかったのではないかと思われます。
変わることのない北条米の価値
このように北条地区の産業は衰退してきていると言わざるを得ませんが、それでも変わらないのは、北条米の価値です。かつて皇室献上米として重宝されてきたほど高品質な北条米は、今でも多くのファンを魅了しています。また新たにブランディングされた北条米スクリームも、一時の盛り上がりにとどまらず、本格的な商品化を経て、北条地区の新しい地域資源として人々に愛されています。
次世代の北条米産業の担い手が現れれば、北条地区がかつてのような盛り上がりを取り戻すことができるかもしれません。そのときには、北条米スクリームが中心的な地域資源となっている可能性が十分にあります。
長い年月をかけて醸成されたブランド力も、新たに作られた北条米スクリームという地域資源も、北条地区内に産業の担い手が存在してこそ成り立つものです。北条地区の未来は、次世代の産業を担う若者たちが現れるか否かにかかっていると言っても過言ではないでしょう。地域に根差した産業の維持・発展の難しさが、確かにここにもあるのです。
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