漆といえば、しっとりと塗りあがった黒に、日本らしい落ち着きがある朱色が魅力的です。お椀やお盆などの食器や身近な家具、文具まで、漆を塗るためのベースは木製や木粉加工品が大半で、何度も塗り重ねられ乾燥した漆の仕上がりは、高級感があり見ていて飽きません。日本では北の津軽塗りから、南は沖縄の琉球塗りまで、全国各地に数十種類の漆塗りの技法や表現方法がその土地によって受け継がれており、様々な個性があるのです。
しかし、洋食化の流れで漆器類がプラスチック製の食器に取って代わり、いまではなかなか目にすることがなくなりました。ライフスタイルや食生活の変化を受けて日常的に馴染みが少なくなり、汁椀といった食器類の需要そのものが落ち込んでいるのが現状です。
平成20年に経産省がまとめたレポートでは、漆産業の現状は、“18年度の生産額は202億円(前年比5.5%減)であり、いずれの産地も依然として厳しい状況が続いている。主力産地である輪島塗・山中漆器は横ばいを維持しているが、百貨店の販売力低下により高額商品の不振やギフト市場の落込みが続いている”と厳しい状況です。
現代のライフスタイルに合った漆を作り出す試み
伝統的で高級感を感じさせてくれる漆。これまでの主力製品とも呼べる汁椀といったものの需要は、ライフスタイルの変化から減っていますが、実際に触れた時の触感の良さや、漆を塗ったものの質感、視覚的な良さ、そして漆仕上げをしたものは耐久性が向上するなどの視点から、デザイン系企業などを中心に改めて注目されるようになっているのです。
また、漆産業をこのまま衰退させまいと、精力的に振興活動に取り組んでいる企業もあります。漆の生産量日本一である岩手県は、昔から伝統的な漆の汁椀などを中心に生産が盛んな土地ですが、岩手の浄法寺漆産業は意欲的に新作や発信といった取り組みを行って、現代の暮らしに合ったかたちで漆を使ったアイテムの企画・開発を行っています。
飛行機でおなじみのJALは、観光振興と農水産物のブランド化とともに地域を元気にするための地域活性化プロジェクト、“新・JAPAN PROJECT”を実施しており、2017年に岩手県の浄法寺漆産業との共同開発企画の漆器を販売を行いました。JAL各機に置かれている機内誌にも英文で漆器の紹介記事などが掲載され、海外観光客が増加する日本にあって、来日する人々に向けて漆の魅力のPRもされています。
さらに、岩手県盛岡市内では、現代のライフスタイルと漆器や漆を使ったアイテムの共存を考えるデザイナー系展示イベント“漆DAYSいわて”が毎年盛況です。東京の虎ノ門でも”漆DAYS in TOKYO”といったイベントが開催され、現代的な漆の使い方や、家に取り入れやすい漆製品などが多数紹介され、若い層に実際に購入されているそうです。
他にも漆の加工技術を活かした取り組みは多く見られます。会津若松市の坂本乙造商店では、筆記具ブランドPARKERの万年筆の漆加工を始め、時計の限定モデル、カメラなどを始めさまざまなブランドの製品に漆加工を施しています。漆の特性である防水性、防汚性、耐久性などの良さとともに、塗りの質感の美しさが工業製品を引き立てているとして、漆加工仕上げのものは人気だそうです。
海外での漆人気から生まれた”ジャパニング”
さて、こうした日本の漆は、海外ではどのように認知されているのでしょうか。平凡社の『世界大百科事典』には、“日本の漆工芸は中国の強い影響を受けながら独自の発達をし,国際的にも認められ,西洋ではジャパニングの名でも呼ばれている。”という記述があります。
海外での一般的な認知の高さがうかがえますが、実際に漆を使った製品は多く輸出され、昔から愛用されているのだそうです。日本に注文された漆の工芸品で有名なものは、イギリスのビクトリア・アルバート博物館が所蔵する『ファン・ディーメンの箱』でしょう。当時のオランダ領東インド諸島の植民政治家、ファン・ディーメンが妻のマリアのために作らせたもので、漆黒をベースに美しい蒔絵細工の加工が施されています。
その美しさにマリー・アントワネットも魅了された?
フランスの王侯貴族も漆器を競うようにして手に入れたと伝えられています。彼らの場合は出来上がったものを買うだけではなく、自らの好みやライフスタイルに合わせて漆器を注文していたという記録も残されています。典雅な蒔絵細工も繊細さと華麗さで、ヨーロッパ人の美を愛する心をつかんだようです。
また、日本の鎖国時代、漆器を手に入れることが出来なくなった欧米人は、漆の技法を真似た“ジャパニング”という手法を編み出したといいます。“日本の漆器(蒔絵)を模してヨーロッパで、ある時期さかんに工夫され使用された技法、その製品”のことを“ジャパニング”と言ったそうです。
引用元:「handmade.japan」ジャパニングについての説明ページ
このジャパニングによる漆黒の漆風の塗りをベースに、蒔絵風に絵を仕上げたキャビネットなどといった調度品は、ヨーロッパの各地に存在するそう。主にイギリスで作られたジャパニングの所蔵品があるバントックハウス博物館は、現地の漆製品の愛好家には知られた博物館です。このように海外では模倣した技法も生み出される程、漆器の認知度が高く愛されています。
これからの漆産業のあとつぎ・後継者を育てる機関
産業としては国内需要は減っているといわれている漆産業ですが、現代のライフスタイルに合わせた新しい漆器や、漆を使った工芸品の企画が盛んに行われようとしており、海外ではその見た目の美しさ、艶やかさとともに質感の良さ、そして耐久性が再注目されていることから、これからの漆芸を背負ってくれるような職人が生まれてくるよう、あとつぎ、後継者を養成する訓練校のような機関があります。
有名どころは、石川県にある石川県立輪島漆芸技術研修所です。この輪島漆芸技術研修所は文化庁の助成を得て設置された施設で、主に重要無形文化財保持者(人間国宝)の技術を伝え後継者の育成とともに、技術の保存や、調査研究といった事業を行っています。他にも、香川県に香川県漆芸研究所や長野県の塩尻市に塩尻市木曽高等漆芸学院といった施設が設置されています。伝統的な漆芸による工芸品がいまも作られている地域では、研究所や養成所のような施設や専門学校のようなものも設置されています。
こうして企業の取り組みや地方の養成機関を見てみると、漆芸にはまだまだ発展の可能性が十分にあるということではないでしょうか。漆産業の取り組み、そして新しい漆芸品はこれからも静かに継続していくことでしょう。
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