M&Aで得たのは「一流の経営者」によるビジネス視座
創業したビズシークを楽天へ、クロコスをヤフーへ。2度のM&Aを経て三木谷浩史氏・孫正義氏のもとで経営を担い、楽天イーグルスやPayPayの立ち上げを牽引してきた小澤隆生氏。
「M&Aで得た最大の果実は、お金ではない」——その真意とは何か。現在VC・PEのハイブリッドファンドを率いる小澤氏に、M&Aの本質的価値や日本のスタートアップ市場の未来について伺いました。
ブーストキャピタル株式会社 代表取締役:小澤隆生様
会社概要
HP:https://boostcapital.co.jp/
Interviewee
小澤 隆生(Takao Ozawa) 1999年にビズシークを創業し、2001年に楽天へ売却。その後、楽天のオークション担当役員、楽天野球団取締役事業本部長を歴任。退社後、2011年に設立したクロコスをヤフー(現LINEヤフー)に売却し、2012年にヤフーへ入社。同社の執行役員、常務、専務を経て、2022年4月にヤフー代表取締役社長CEOに就任。2023年9月退任後、2024年1月にBoost Capitalを設立。
eBayから60億円の提案。M&Aの破壊力を知った日
——小澤様が初めてM&Aを経験された当時の経緯について教えてください。
私が初めてM&Aを経験したのは、最初に起業した会社「ビズシーク」の売却で、設立から2年目のことです。大規模な資金調達を行い、手元には約5億円のキャッシュがあり「これから本格的に伸ばしていくぞ」というタイミング。そこに突然、アメリカのeBayから5000万ドル(当時約60億円)という巨額の買収提案がありました。
結果的にその話は流れましたが、同タイミングでビズシークの株式を一部保有していた楽天から「残りの全株式を取得したい」と提案をいただいたのが経緯です。
当時の私は、会社を売りたいとは全く思っていませんでしたが、巨大なEコマース企業にグループ参画できるのは面白い機会だと考えました。外部株主も前向きだったため、ビジネスモデルの将来性も踏まえ、最終的に楽天への売却を決断しました。
——当時の日本はまだスタートアップのM&Aが珍しかったかと思いますが、周囲の反発や抵抗感はなかったのでしょうか?
我々の主要株主には事業譲渡を経験していた会社もおり、M&Aを選択することに理解があったと思います。私自身はこれほど早くM&Aを検討するとは想像していませんでしたが、eBayから提示された途方もない金額によって「M&Aの持つ破壊力」に気づかされました。「ビジネスにはこういう道もあるのか」という新鮮な驚き、それが率直な心境です。
M&Aで親会社へ経営参画。一流のもとで得られたもの
——M&Aを経験したことで得られた価値や変化はありますか?
楽天とのM&Aを通じて得られた最大の価値は、同じ経営者という立場で、三木谷さんの仕事の進め方や事業をスケールさせる手法を学べたことです。私自身、M&Aをする前は自分なりに経営者として努力しているつもりでしたが、三木谷さんと仕事をして自分の未熟さを痛感しました。
地元で草野球をしていたら、突然プロ野球のエースが目の前に現れたような感覚。ただ、どれだけ差があっても「経営者」という同じ土俵で向き合えたことは大きく、これはM&Aでないとなかなか得られない経験でしょう。
トップクラスの経営者の横で自分の至らなさを突きつけられ、高い基準値と視座を学ぶことができました。もしあのまま自分で経営を続けていたら、この途方もない実力差を肌で感じる機会すら得られなかったと思います。
——その後、2社目の売却でヤフーへ参画され、ソフトバンクの孫さんともお仕事をされていますよね。
はい。孫さんはビジネスという競技において、最上位にいる方です。三木谷さんのときと同様、自分との“圧倒的な差”を認識しました。この差は、少し会話をするだけで瞬時に感じますよね。「あ、これは敵わないな」と。
同じ事象を見ているにもかかわらず、解釈もアプローチもまったく異なる。もちろん全てを真似することは到底できないので、「真似できること」と「真似できないこと」を切り分ける重要性も強く感じましたね。
——日本有数の経営者から、どのような違いや学びを得たのでしょうか?
最も違いを感じたのは、事象に対する「解釈の違い」です。ある高い山を目の前にして、私が「どうやって登ろうか」と悩んでいると、「こんな低い山は登る価値もない」と言い放つ。あるいは、全く想像もつかないルートを即座に提示し、自ら先頭に立って登ってみせる。こうした規格外の思考を間近で見られたことは、起業家としてこれ以上ないほどエキサイティングな経験でした。
学びとして得られたのは、ビジネスモデルの完成度や、事業をやり抜く徹底力。とくに「徹底力」は極めて重要であり、ときにビジネスモデルの優劣以上の成果を生むということを実感しました。
自分であれば「ここまでで十分」と考えてしまう場面でも、彼らは「さらに一歩、二歩先」へと踏み込んでいく。つまり自分が感じていた限界というのは、トップをとるために必要な限界ではなかったということです。
経営者としてある程度の能力があれば、平均以上の成果を出すことは可能でしょう。しかし、何かの分野でトップを目指すのであれば、それでは到底足りない。自分よりはるか上の存在が約20年にわたり身近にあったことで、「自分はまだまだ足りない」と常に自覚し続けることができました。
小澤隆生氏のキャリアの変遷
| 時期 | キャリア |
|---|---|
| 1999年〜 | ビズシークを設立。その後、2001年に楽天へ売却。 |
| 2003年〜 | ビズシークの吸収合併により楽天に入社。楽天イーグルスの立ち上げなどを牽引し、2006年に退社。 |
| 2007年〜 | エンジェル投資家として活動。2009年〜2012年には顧問として再度楽天と関わる。 |
| 2012年〜 | 2011年に設立したクロコスをヤフー(現LINEヤフー)に売却し、ヤフーへ入社。PayPayを含む複数の新規事業を推進し、一休やZOZO、ASKULなどの大型M&Aを主導。 |
| 2022年〜 | ヤフーの代表取締役CEOに就任。その後、ZHD、ヤフー、LINEの合併による「LINEヤフー」の発足に伴い、2023年9月に代表取締役を退任。 |
| 2024年〜 | BoostCapital株式会社を設立。IT、医療・バイオ、エレクトロニクス領域を中心に、スタートアップ投資とM&Aを組み合わせて成長支援。 |
M&A後も「残る」選択を。得られるのはお金以上の価値
——昨今、起業家がM&A後も経営陣として残るケースも増えています。これについて小澤様のご意見をお聞かせください。
非常に素晴らしい選択であり、可能な限り残るべきだと考えます。M&Aで得られる最大の果実は、金銭ではありません。「成功している経営者から直接学べること」と、自社では到底用意できないような「巨大なリソースを活用できること」にあります。M&Aによって、自分がやりたいことを実現するための「ノウハウ」と「リソース」の双方を手に入れることができるわけです。
とくに若い経営者がM&Aを行う場合は、親会社の役員として残ることをおすすめします。その際には、M&A時に「親会社の経営にも関与させてほしい」と交渉してみるとよいでしょう。
親会社へ入ると起業家としてのモチベーションが続かないのではないか、と懸念される方もいるかもしれませんが、実際はむしろ高まるケースが多いと思います。M&Aは自分のやりたいことを実現するための「手段」にすぎず、活用できるリソースが大きいほど、実現できる確率は高まるからです。
視座が上がることで、自分のやりたいことのスケールが大きくなることもあります。例えば「10億円規模のリソースやビジネス」と「1兆円規模のリソースやビジネス」、それぞれでできることや得られる経験は全く異なります。
M&Aを機に親会社の経営に触れ、その景色を見てみることはまたとないチャンスです。それにより「新たな経験や視点」を獲得できるかもしれません。私自身、M&AによってPayPayや楽天イーグルスの立ち上げといった、大型プロジェクトに深く関わってきました。こうした経験こそ、お金では買えない価値であると思います。
立ち上げと売却の繰り返しが、大きな成功を引き寄せる
——近年はIPOではなくスモールM&Aを目指す起業家も増えています。この潮流をどう捉えていますか?
大いに歓迎すべき傾向ではないでしょうか。ビジネスの成功は、ホームランか三振かの二択ではありません。小さなヒットを積み重ねる延長線上に、特大のホームランが生まれるのです。
起業していきなりユニコーン企業を創るのは奇跡に近い。だからこそ、事業の立ち上げと売却を繰り返すことで経験値を蓄積させ、大きな成功を引き寄せる確率を高めていく。とにかく「打席に立つ回数を増やすこと」が、成長するための近道です。
イーロン・マスクも、複数の起業を通じて経験値を高め、その先に大きな成功を実現しています。小規模M&Aが増えている現在の傾向は、良い起業家が生まれるための非常に意義のある流れだと思います。
——最後に、現在展開されている「Boost Capital」の事業内容やビジョンをお聞かせください。
当社は事業支援、M&A支援、そして人材支援の3本柱でスタートアップの成長を後押ししています。我々ファンドの特徴は、マイノリティ出資にとどまらず、買収も手がける「PE(プライベート・エクイティ)とVC(ベンチャーキャピタル)の機能を併せ持ったハイブリッド型の運用」にあります。
日本で投資を行なっている企業や個人は数多くいますが、起業やM&Aも経験している人はそう多くありません。私自身、これまで事業の立ち上げや売却、買収を経験してきた中で、自分の知見を生かせることは何だろうと考える中で、現在の事業領域に至りました。
市場の変化によって、スタートアップの資金調達額は10年で約10倍にまで増えました。一方で、経営者の実力は一足飛びに上がるものではないので、今後は経営者全体の実力の底上げと、出口の多様化が課題として残されています。
先ほどもお伝えしたように、起業は経験を重ねるほど成功確率が高くなる傾向にあります。だからこそ、もっとM&Aの選択も増やしていく必要がありますし、それによってスタートアップ市場の循環がよくなるはずです。
我々はこれまで培ってきたノウハウを注入しながら、あらゆる手段を使って事業会社の非連続な成長を後押しする。それこそが、Boost Capitalを通じて実現したいことです。
小澤様(右)と、interviewer:株式会社バトンズ 取締役COO 海山龍明(左)
Interviewer
海山 龍明 デロイトトーマツコンサルティングにて経営戦略立案を経験。その後、WebマーケティングやM&Aを支援する会社を起業。複数回の自社事業の売却を経て、IT系メガベンチャーのCSOに就任し事業開発を担当。2023年8月にバトンズへ執行役員として参画、2024年6月取締役に就任。