M&A
81
2021/06/15

政府の「成長戦略案」に取り上げられた中小企業のM&A施策

記載者情報
はじめに
内閣官房の成長戦略会議から2021年6月2日、「成長戦略実行計画案」(以下、本計画案。)が公表されました。 本計画案には、グリーン成長戦略、人への投資の強化、デジタル化政策、スタートアップ支援などと並び、「足腰の強い中小企業の構築」と題した中小企業政策が明記されています。とりわけ中小企業の事業承継支援を目的とした3つのM&A関連施策が取り上げられ、今後の事業承継・M&Aの環境整備に一石が投じられたことは特筆すべきことでしょう。今回は、この3つのM&A活用策について解説したいと思います。
1.事業承継・引継ぎ支援センターの強化
事業承継・引継ぎ支援センターとは、事業承継・引継ぎのワンストップ支援を行う機関です。従来、第三者による事業引継ぎを支援してきた「事業引継ぎ支援センター」と、親族内承継を支援してきた「事業承継ネットワーク」の機能を統合して2021年4月に設立されました。 全国47都道府県に設置され、現在は次のような業務を原則、無料で行っています。 ①事業承継・引継ぎ(親族内・第三者)に関する相談 ②事業承継診断による事業承継・引継ぎに向けた課題の抽出 ③事業承継を進めるための事業承継計画の策定 ④事業引継ぎにおける譲受・譲渡企業を見つけるためのマッチング支援 ⑤経営者保証解除に向けた専門家支援など 本計画案とともに公表された「成長戦略フォローアップ工程表」では、2022年度中に i)同センターの人材強化、ii)域内外の民間事業者等との連携強化およびiii)事業承継診断の抜本的見直しを行い、2023年度以降には事業承継診断を通じた「プッシュ型事業承継支援」(※)や後継者不在の中小企業と他者とのマッチング等による事業承継・引継ぎの一体的な支援を強化することが示されています。 (※)事業承継コーディネーターなどが経営者の事業承継に係る悩み、課題、ニーズなどを能動的に掘り起こして行う支援。
2.簡易な企業価値評価ツールの整備
本計画案にはその内容について直接的な記載はありませんが、2021年4月28日に中小企業庁が公表した「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」(以下、「中小M&A推進計画」。)に中小企業におけるM&Aに関する経験・人材の不足という課題を解決する取組の一つとして「簡易な企業価値評価ツールの提供」という取組みが紹介されています。 これによると、中小企業がM&Aの実施に当たって参考にできる自社の企業価値を簡易に評価できるツールを事業承継・引継ぎ支援センターで提供開始することが計画されているようです。具体的には2021年度に、一部の事業承継・引継ぎ支援センターで試行的に活用を開始し、遅くとも2023年度中を目途に、同センターの業務に応じたツールの活用等を行う計画となっています。
3.M&A支援機関に係る 登録制度や自主規制団体の設立など支援機関の適切な取組を促す仕組みの構築
中小M&Aの急拡大に伴ってM&A支援機関の数が年々増加するなか、十分な知見・ノウハウ等を有しないM&A支援機関の参入も懸念されつつあります。こうした状況を背景に「中小M&A推進計画」では、中小企業におけるM&A支援機関に対する信頼感醸成のために、次の3つの取組みを行うことが示されています。 ①M&A 支援機関に係る登録制度等の創設 ・2021年度中に、事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用型)において、M&A支援機関の登録制度を創設し、M&A支援機関の活用に係る費用の補助対象は、予め登録された機関の提供する支援に係るもののみとすること ・登録したM&A支援機関による支援を巡る問題等を抱える中小企業等からの情報提供を受け付ける窓口を創設すること ・登録機関には中小M&A ガイドラインの遵守を宣言や中小 M&A の成約実績等を義務付けること ②M&A 仲介等に係る自主規制団体の設立 ・中小M&A仲介の健全な発展と中小企業の保護を図ることを目的とした、中小M&Aの仲介業を営む者などを会員とする自主規制団体を2021年度中に設立すること ・中小企業が安心して支援を受けられる環境の整備を目的とし、自主規制団体を通じ、i)中小M&Aガイドラインを含む適正な取引ルールの徹底、ii)M&A 支援人材の育成のサポート、iii)仲介に係る苦情相談窓口等の活動を行うこと ③中小M&Aガイドラインの普及啓発 ・同ガイドラインのM&A 支援機関への浸透を図るため、事業承継・引継ぎ支援センター及び同センターの登録民間支援機関に対して同ガイドラインの遵守を義務づけるなど、引き続き周知・徹底を行うこと。中小企業に対しては、M&Aに関する基本的な理解を促すためセミナー等を通じた普及・広報を行うこと
まとめ
中小企業経営者の高齢化と後継者不足による事業承継ニーズの深刻化に伴い、第三者承継を支援するM&A専門家の必要性が高まっています。こうした環境を背景として、レコフデータによるとM&A専門業者(仲介業者、FA(フィナン シャル・アドバイザー))、M&A プラットフォーマーなどは2010年末の205社から2020年末には370社と10年間で1.8倍になるなど増加基調にあります。 一方、2020年12月18日に、河野太郎行政・規制改革担当大臣がご自身のブログで、「双方から手数料をとる仲介は、利益相反になる可能性があることを中小企業庁も指摘しています。」と述べたことがM&A関係者間で話題となるなど、M&A専門家の在り方に警鐘を鳴らす動きも出始めています。 これは、M&A専門家の社会的役割がますます重要になりつつあることの証左と思われます。 「成長戦略実行計画案」は、6月内に閣議決定される見通しとなっており、2021年度は中小企業経営者の事業承継に係る様々な施策が強化されることになりそうです。 次回は、これらの具体化した施策を踏まえて、M&A専門家の上手な活用法にについて解説したいと思います。 中小企業診断士 伊藤一彦 https://stella-consulting.jp/archives/559
関連コラム