M&A
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2021/03/16

M&A後も円滑な資金調達を続けるには ~金融機関や投資家の目線で対策を講じよう

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M&Aが行われる場合、株式譲渡や事業譲渡など実施方法に違いはあっても、会社の経営権若しくは事業の実施主体は売手企業から買手企業に移転します。 このためM&Aにおけるデューデリジェンス(以下、DD)では、取引先との契約に規定されるチェンジオブコントロール条項(以下、COC条項)のチェックが不可欠になります。 このCOC条項(注)は、売手企業の支配権(Control)を持つ株主や代表者が変更となる場合に契約を解除したり、事前承認・事前通知等をしたりしなければならないといったことが規定された契約上の取り決めです。 このCOC条項が規定されている契約には、事業提携先との業務提携契約や、不動産を賃借している場合の賃貸借契約、金融機関との金銭消費貸借契約、エンジェル投資家や事業会社との株主間契約などさまざまなケースがありますが、今回は会社の「お金」の調達関係に着目して掘り下げてみたいと思います。
1.中小企業のM&Aにおける金融機関との関係
 
(1)COC条項と期限の利益の喪失条項
多くの中小企業は金融機関から借入をしているため、中小企業に係るM&Aでは、これらの金銭消費貸借契約書等に関する法務DDが不可欠です。法人が金融機関から融資を受ける場合には、基本契約となる「銀行取引約定書」や個別の融資取引ごとに締結する「金銭消費貸借契約書」などを締結しますが、この契約には一定の事由が生じた場合に法人は返済期限を待たずに金融機関に借入金を返済しなければならなくなる「期限の利益喪失条項」が規定されています。COC条項においてもこの「期限の利益の喪失条項」が規定されていることがあります。 ところで、「期限の利益喪失条項」は、適用される事由によって2つに分類することができます。 1つは「当然喪失事由」です。これは、一定の事由が発生したときに当然に期限の利益が喪失されるというもので、具体的には「①支払の停止または破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始もしくは特別清算開始の申立があったとき。②手形交換所の取引停止処分を受けたとき。」などが該当します。 もう一つは「請求喪失事由」で、所定の事由に該当したとしても当然に期限の利益が喪失されるわけではないものの、借手の中小企業(債務者)に対して金融機関が請求すれば期限の利益を喪失され約定の期限前に一括返済させることができるようになるものです。 M&Aの際に注意が必要なのはこの「請求喪失事由」です。 「請求喪失事由」として、一般的には、「①債務の一部でも履行を遅滞したとき。②担保の目的物について差押、または競売手続の開始があったとき、③取引約定に重大な違反したとき、④反社会的勢力に該当する場合、⑤債務者が降り出した手形に不渡りが発生したとき、⑥前各号に準じるような債権保全を必要とする相当の事由が生じたと客観的に認められるとき。」などが規定されています。 このため、COC条項で「期限の利益喪失条項」が規定されている場合はもちろん、そうではない場合であっても、M&Aの際に、金融機関は株主構成や代表者の変更により「債権保全を必要とする相当の事由である」と主張して、借入金の一括返済を求めてくるのです。
(2)金融機関が借入金の一括返済を求める実質的な理由
実は、金融機関は、M&Aで売手企業の経営者や株主が変わったからといって当然に一括返済を求める訳ではありません。では、金融機関が一括返済を求めるのは、どのような実質的な理由があるのでしょうか。金融機関の目線で考えてみましょう。 ①既に売手企業の信用状態が悪化していた場合 売手企業が、利息や元本の延滞を繰り返していたり、決算書上は資産超過でも保有する不動産や有価証券に大きな含み損があり実質的な債務超過になっていたりするような場合、金融機関にとって融資が「不良債権」になっている可能性があります。 「不良債権」になると金融機関は引当金を積むなど与信コストが上昇することから、融資を回収する機会を探っていた金融機関がM&Aを契機として借入金の一括返済を求めるのです。 ②M&Aによって信用状態が悪化する場合 「経営者保証に関するガイドライン」の普及により、経営者保証のない新規融資は徐々に増加しています。しかし、依然として融資全体の約9割は引き続き経営者保証付きのままです。 売手企業への融資が経営者個人の保証能力や経営者の個人資産の担保提供に依拠している場合、M&Aと共に経営者保証や担保が解除されることになり、信用状態が悪化することもあります。また、買手企業が買収資金を借入金で調達していたり、過大な企業評価額で買収したりした場合など、買手企業の財務内容が悪化することがあるため、金融機関の与信判断が厳しくなることもあるのです。 ③反社会的勢力等との関係が疑われる場合 M&Aの際に関係当事者間で締結する株式譲渡契約上でも反社会勢力との関与を否定する表明保証をしています。しかし、フロント企業の「器」を求めてM&Aに近づく反社会的勢力が少なくないことも確かです。 一方、全銀協をはじめ金融機関は独自の反社会勢力に関する独自の豊富なデータベースを構築しているほか、平成30年1月4日から警察庁の暴力団情報データベースへの接続が開始されるなど、中小企業や個人が知りえない情報を持っていることも確かです。反社会勢力の情報というのは、指定暴力団のように該当することが明確な場合ばかりではなく、特定はできないが疑わしいというレベルのものまでさまざまなケースがあります。 「理由は言えないが総合的に判断して融資継続が困難」というような場合は、こうしたケースもあるので注意が必要です。
(3)金融機関との十分なコミュニケーションが最大の予防策
せっかくM&Aが合意に至ったのに、金融機関が取引継続しないということでM&Aが振り出しに戻ってしまうのは、売手企業はじめ関係当事者全体にとって不幸なことです。 買手企業にとっても、金融機関取引を良好に維持することは、買収後の事業を継続する上で重要な課題です。では、M&Aに対する金融機関の合意をどのように取り付ければよいのでしょうか。 ①既に売手企業の信用状態が悪化していた場合 売手企業と買手企業の事業シナジーが働くM&Aであれば1+1=2以上の企業価値が見込め金融機関にとって融資の回収可能性は勿論、更なる取引の拡大可能性も高まるはずです。M&Aの背景・効果を含めた説明をすることが有効です。単純にM&Aした事実のみの報告では、1人で数十社を担当する金融機関の担当者は最も社内決裁が楽に通る方法で処理してしまうかもしれません。 また、金融機関(本部)は「債権保全を必要とする相当の事由」を用いて期限の利益を請求喪失することについては「優越的地位の濫用」とならないよう細心の注意を払っています。現場の独走となっていないか、金融機関の担当者だけでなく支店の責任者に伝えることも効果的となる場合もあります。 ②M&Aによって信用状態が悪化する場合 上記1と同様、理解不足が原因の“信用状態”の悪化であればM&Aにより事業シナジー向上により回収可能性に問題が生じないことについて金融機関の理解がえられれば、返済を求められることにはならないと思われます。 また、買手企業の取引金融機関にとっては、新たな資金需要の捕捉機会と認識されることもあるので、既存の金融機関に拘らず資金調達方法を検討することも有効です。 ③反社会的勢力等との関係が疑われる場合 反社勢力の事前確認は、一般的には「日経テレコン」などの記事検索とネット検索を併用して実施することが多いですが、一般の中小企業や個人では把握し得ないレベルの“反社会的勢力等との関係”もあることは事実です。 この場合、反社勢力の膨大なデータベースを持っている金融機関のチェック機能を活用する方法があります。買手企業が金融機関と与信取引がある場合には、既に一定のスクリーニングを受けているとみなすことも可能ですし、M&Aの際に締結する秘密保持契約の守秘義務の例外としてM&Aの情報を開示可能とした上で取引金融機関と連携しつつ対応する方法もあります。 いずれの場合も、取引金融機関と対峙するというよりはコミュニケ―ションを取りつつ協調関係を築くこと、場合によってはその機能を利用することが重要なポイントです。 これまで、M&Aにおける「お金」の関係で留意すべき点として金融機関との取引関係について述べてきましたが、次回は無借金で金融機関との与信取引がないスタートアップの場合の留意点について、分かり易く解説したいと思います。 (注)関連コラム「法務DDでの必須ポイント!③(カネ・情報編)」(弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 著)より。 https://batonz.jp/learn/expert_articles/1278 中小企業診断士 伊藤一彦 https://stella-consulting.jp/archives/559
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