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2021/01/15

山形県のバイオベンチャー企業、「事業価値証券化」により総額250億円を調達

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山形県のバイオベンチャー企業、「事業価値証券化」により総額250億円を調達
※このコラムはこちらからもお読みいただけます。 https://aivas.jp/20210115_2563.html 山形県鶴岡市のSpiber(スパイバー)というバイオベンチャー企業が、「事業価値証券化」(Value Securitization)と呼ばれる資⾦調達⼿法によって総額250億円を調達したとのニュースがありました。 https://www.spiber.jp/news/detail/id=483 「事業価値証券化」のスキームを通じて調達した資金は、米国の穀物メジャーであるArcher Daniels Midlandと共同で推進する人工タンパク質素材の米国における量産体制の構築、新素材の研究開発などに充当するとのことです。 Spiberは、人工タンパク質素材の開発研究・製造・加工・製品化を行う研究開発型のバイオベンチャーです。この人工タンパク質素材は、クモの糸などに含まれるタンパク質を発現するDNAを独自技術で合成し、それを微生物に組み込んで、グルコースなどの植物由来の糖類を醗酵させる(いわば醸造する)ことにより生産されることから、「ブリュード・プロテイン」(Brewed Protein)と名付けられています(いずれも登録商標)。当初は「QMONOS 」(登録商標)(クモノス)とも呼ばれていたようです。この素材は原料として石油を用いずに製造される成形材料でありながら、合成繊維やプラスチックと同様の性能を持つことから、SDG(持続可能な開発目標)の観点からも注目され、アパレルや輸送機器などの様々な産業分野において関心を寄せられています。 技術的・環境保全的観点からの魅力もさることながら、この度の話題で特に注目されたのは「事業価値証券化」(Value Securitization)という資金調達手法です。これは、特定の事業の将来の可能性(事業価値)を裏付けとして証券を発行し、投資家を募る資金調達手法です。三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社がアレンジャー(取りまとめ役)となり、国内の複数の機関投資家が参画しているとのことです。当社のアナウンスによれば、「本スキームは⼀般的なコーポレート・ローンとは異なり、当社の先進的な研究開発設備、及びタイ国における量産プラント等の有形資産に加え、当社の根源的資産かつ競争⼒の源泉である知的財産等の無形資産の価値を最⼤限活かし、⼤規模調達を実現するために設計されたもの」だとのことです。 https://www.spiber.jp/files/user/PressRelease_%E8%B3%87%E9%87%91%E8%AA%BF%E9%81%94%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B_20201230_Sp_jp.pdf Spiberが鶴岡市やタイに保有する工場などの有形資産だけでなく、Spiberの技術力や特許や意匠・商標等の知的財産などの無形資産を含めて、一体的に事業価値を評価し、その価値を裏付けとして金融機関が証券化したということです。キャッシュフローCFそのものよりも、事業の可能性に主眼が置かれている点で、将来CFを裏付けとする事業証券化(Whole Business Securitization)とは若干趣が異なるように思われます。 Spiberは、10年以上も続けている特許出願等の件数も多く、ノウハウ化と特許権利化の仕分け、自社単独研究と共同研究の並行した展開等、オープン・クローズ戦略を駆使しており、Spiberが築き上げた知財等の無形資産の価値は極めて大きく、今回証券化の対象になった事業価値の大部分もSpiber社の高い技術力や知的財産などの無形資産だとのことです。いまだほとんど売上高がなく、一昨年度、昨年度と赤字が続いている状態にもかかわらず、巨額の意金調達ができたことはまさに驚きです。数年前に特許庁広報誌「とっきょ」2019年2・3月号が、「創業期こそ“知財”で差をつける!」としてこの企業を取り上げていました。米国では「企業価値≒知的財産」は常識であるにもかかわらず、日本で創業時点で知財戦略を意識していたベンチャー企業はわずか2割程度にすぎず、新しい発想や新しい技術を持ったベンチャー企業にこそ、自社のアイデアを知的財産権によって保護することが非常に重要であるとのことです。 日本において事業価値証券化という類稀なる資金調達スキームで巨額の資金を獲得したこの事例は、Spiber関山代表が上述の日経の記事で述べておられるように、「技術的な実証はできているが量産はできていない段階のスタートアップが、大きな先行投資を受けられる仕組みだ」として期待が寄せられています。
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