
バトンズのアドバイザーにして旅館再生のプロ二人が、日本の観光を支える旅館業の問題点とその事業承継について語るシリーズ後編。今回は今後の観光産業の展望に視点を移して語り合います。
インバウンドの増加がめざましいですが、実際に旅館業はどのように変わった?
笠間氏:旅館にとって厳しい時代が非常に長かったので、現在のインバウンド効果のインパクトには本当に驚いています。昔は地方に行くと鄙びた旅館が多かったものですが、近年は施設が新しい旅館もどんどん出てきている。確実に日本の観光業界全体の盛り上がりにいい影響を与えていますね。
実は軽井沢のホテルの新築プロジェクトに一昨年から関わっているのですが、建物が新しいと水道光熱費がとても安いんです。古い建物とはエネルギー効率が全然違います。
このインバウンド効果は観光産業にとって追い風なので、旅館を経営している方にとっては、今まさに建て替えを検討すべきタイミングが来ているのかなと思いますね。古い設備でも、近年の技術で再生すればきちんと良いものができます。逆に言えば、設備投資できない旅館はこれから厳しくなっていくかもしれません。
大山:設備投資といえば耐震や防火資金も経営上の大きな圧迫になりますね。改正耐震改修促進法施行以後、新耐震(1981年改正法)以前のホテル、旅館の耐震基準について診断の上、自治体に報告しなければならなくなりました。
全国の温泉旅館の多くが新耐震以前の基準で作られている為、かなりの数のホテル、温泉旅館はいずれ耐震改修をするか、ギリギリまで使用した後、新築するかの決断をいずれしなければなりません。
大規模施設の耐震補強は相当な資金が必要で、私が昔経営に関与していた温泉旅館では10億近い金額になりました。又耐震だけでなく、これらの施設は消防法絡みでも結構色々な問題を抱えており、既存非適格な物件も多いので正直改築は容易ではないです。
一方温泉の引湯管などは、最近は新しい断熱素材がどんどん出てきていて、新しいパイプに変えるとそれだけで源泉からお風呂までの温度低下が大きく抑えられ、ボイラーの燃料コストが大きく変わります。こういう前向きな投資も検討したいところですね。
笠間氏:はい。水道光熱費などの固定費のかかり方は、旅館によってずいぶん違います。おっしゃる通り設備の新しさによって大きく上下しますね。
また、温泉旅館特有のポイントですが、温泉の源泉の条件も見落とせません。温泉の源泉が湧き出ているところ、つまり自家源泉であれば、温泉代は実質無料になります。
一方、温泉をどこかから引いてきている旅館は、当然温泉代がコストになりますし、ボイラーやポンプなどの設備への投資も必要になるので、コスト構造が高くつく傾向があります。
大山:本当に温度の高い源泉が出ているところなどは有利ですよね。源泉の温度が高ければ加温のためのボイラー代もかかりませんし、源泉からの湯元までの温度低下も無視できます。又熱交換器を使えば、高温の源泉は暖房だけでなく冷房にさえなりますからいいことだらけです。そもそも、源泉がぬるいとボイラーを24時間炊かないといけないので、重油代だけでばかになりません。以前経営に携わった先では本当に温度の低い源泉に泣かされました。
笠間氏:その通りです。高い温度の源泉は貴重なエネルギー源です。
源泉があるか、ポンプやボイラーの状態はどうか、これらの点は旅館のM&Aにおける重要なポイントと言えるでしょう。収益性を考えるとき、そうした固定費や設備の部分は盲点です。これから経営しようと考える方には、しっかり注目していただきたいです。
今後の日本の旅館の課題
大山:観光資源の量からすると、日本へのインバウンドは当面は減らないと思いますが、永遠には期待できませんよね。又今のインバウンドブームは円安が大きな一因でもあるので、円高になると影響も出てくるかもしれません。頼りすぎは危険です。
又よく言われるように日本の食は世界一と言ってもいいほど優れていますが、正直サービス面では海外に見劣りがする面が多いと感じます。日本人はよく“おもてなし”と言いますが、純粋にサービスとして比べたとき、正直なところ海外の一流リゾートと比べればレベルは高いとは言えません。海外のそれなりの顧客層にとっては、今のサービスレベルでは値段相応ではないと思われる可能性があります。
笠間氏:ヨーロッパでは高級なホテルはものすごく高いですが、それなりのホテルでも日本と比較すると割安ですよね。そんなに高価でなくても居心地は良いというホテルが、ヨーロッパとかにはたくさんある。日本の旅館だと、「それなりの価格でそれなりの居心地の良さ」というのが案外難しいんですよね。
大山:中東やヨーロッパ系の高級ホテルには部屋付きのバトラー(執事)がいたりしますからね。お金持ちがなぜ大金を出してリゾート地に行くかというと、バトラー付きで完全なプライバシーを保つことができるからということがある。
しかし、そういう旅館が日本にはまず存在していないので、そういうお客様も流入してこないんです。
ここまで言っちゃうと怒られるかもしれませんが、日本で一番観光をしていないのは、実は観光業界にいる方々ではないかと思うんです。例えば中国からインバウンドを引っ張っていこうとしているにもかかわらず、自腹で中国に行って、現地にサービスを利用したことがないという方も山のようにいます。現地に行って、お客様からどんなサービスが求められているのかを知らなければ、自画自賛の必要のないサービスの押し付けになってしまいます。
笠間氏:高級ホテルでなくても、例えばヨーロッパの“それなりのホテル”は、従業員の数が少なめで朝食もシンプルなので、固定費が低い。効率化と簡素化を進めているからこそ、割安な価格で居心地の良さを提供できているのでしょう。この辺の割り切りが欧米は上手いです。
大山:日本人はこだわりが強すぎるのかもしれませんね。例えば日本の旅館は食に対するこだわりがある一方、山の中の旅館でなぜか海の幸とか刺身が出てきたりするといった、さして意味のないこだわりのせいで価格が吊り上がってしまっている場合もあります。
笠間氏:そうですね。無理してまで必要のない懐石料理を出している旅館は、それこそサービスがプロダクトアウトしていて消費者のニーズを汲めていないと思います。
大山:はい。少なくともインバウンド向きではないと思います。せっかく温泉旅館なら、その土地の特色を活かして経営し、利益が出せると本当に面白いと思うのですよ。
観光産業は今後どのように変わっていかなければならないのか
大山:日本の観光資源は他の国と比較しても豊富ですが、活かしきれていないのが非常にもったいない。現状でも年間3000万人の訪日観光客がいますから、少し改善すれば5000~6000万人は来日するはずです。しかし、今のままではいずれ頭打ちになってしまうでしょう。
笠間氏:かつて日本はアジアの中で先進国でしたが、他の国も発展してきて、だんだんとあぐらをかいてはいられなくなってきています。確かに観光産業は日本の中では成長産業なのですが、逆に海外との差は逆に開きつつあります。
大山:成長している今だからこそどんどん変えていかなければいけないと思うのです。例えば海外にあって日本にないものといえば、海上リゾートの類でしょうか。海でアクティビティを楽しめるところは一応ありますし、目の前に海があるホテルもありますが、アクティビティと宿泊施設がセットになっていないので引きが弱い。
笠間氏:確かに、日本にはリゾート地が少ない。田舎の立地もリゾート向きではありませんし。せっかく海があっても、うまく観光資源化できていないところは多いですよね。もう少し工夫の余地があるのではと思います。
また、「日本に来てもらうからには日本的なものを楽しんでもらいたい」というわりに、地方の温泉地には魅力のある「日本的なもの」が少ない。今の旅館の形態は高度成長期ぐらいに成立しているので、古き良き日本の伝統を感じさせるものがそれほどありません。「サービスが日本的なものだからそれで日本を味わえ」というのには、正直なところ違和感を覚えます。
大山:そうなんです。例えば日本にはかつての湯治場という長期滞在型リゾートが存在していましたが、今ではそういうものはほぼなくなってしまいました。
また、昔の旅籠(はたご)はビジネスホテルのような特徴がありましたが、現代では一緒くたになってしまっている。「日本的なもの」を売りにしたいなら、そういった伝統的なサービスを見直し、特色を打ち出していく必要があると思います。
笠間氏:観光業界の既存のビジネスモデルは、一見すると好調なようですが、実際には曲がり角に来ていると思います。ビジネスモデルを変えるためには、やはり人を変えなくてはなりません。
インバウンドが盛り上がり、成長産業として観光産業にスポットライトが当たっている今、事業承継は「変化する」ための絶好の機会なのではないでしょうか。
「今」が新しい風を呼び込むラストチャンス
旧態依然とした家族経営旅館のままでは、時代の流れについていくことは難しく、人不足問題もますます深刻化していきます。経営の仕組みも、人も、設備も、業界全体の雰囲気も、新たに生まれ変わる必要があるでしょう。
インバウンドが盛り上がり、成長産業として観光産業にスポットライトが当たっている今はまさに、事業承継やM&Aによって変化を受け入れる体制にリニューアルする良いタイミングでしょう。
PROFILE
笠間 浩明
笠間税務会計事務所 代表
経歴
平成7年 早稲田大学法学部卒業
平成7年 中央クーパース・アンド・ライブランド国際税務事務所
現税理士法人プライスウォーターハウスクーパース)入所
平成11年 笠間商産株式会社 取締役就任
平成17年 笠間税務会計事務所 開業
HP:http://kasama-cpa.jp/
(取材:中島未知代 文:小晴)
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