レポート

2020.02.07

旅館再生のプロ二人が徹底討論「日本の旅館の事業承継の本当のポイントはここだ!」①

日本は世界でも歴史の長い国のひとつであり、同時に多くの日本企業がその長い歴史を何百年間も紡いできました。

なかでも設立1000年超といわれる企業が日本には9社ありますが、そのなかで最も多い業種は旅館業。

旅館業こそ、日本の事業承継の歴史の原点だといえます。

実はバトンズの代表大山は、かつては企業再生コンサルタントでもあり、自身で再生した旅館の経営に携わっていた経験を持ちます。

一方、バトンズのアドバイザーの傍ら、数多くの旅館の再生に携わってきた著名な再生コンサルタントの笠間税務会計事務所代表の笠間浩明氏は、何を隠そう当時のコンサルタント仲間の一人。

今回は、かつて共に企業再生、特に旅館の立て直しに尽力した戦友同士が、現代の旅館の事業承継とM&Aについて徹底的に語ります。

 

バブル期の当時から再生した旅館とそうでない旅館を分けたもの

 

大山:すっかりご無沙汰してます。というかバトンズの方では私の知らないうちにアドバイザーとしてご活躍いただき本当にありがとうございます(笑)

さて今日はその昔我々が本業にしていた企業再生、なかんずく今を時めく日本の観光業を支える旅館にフォーカスして色々とお話をしていきたいと思うのですが、そもそもあれっていつくらいの話でしたっけ?

笠間氏:確か平成17年ごろまでは、相当の数の旅館案件をやっていたと思います。私の場合、最初の旅館案件は今から15年くらい前のことで、場所はあの鬼怒川温泉でした。

ご存知の通りあの頃の鬼怒川関係といえば銀行も相当苦しんでいた案件で、債権者と折り合いをつけながら再生を進めていくのにはともかく苦労しました。多分あの頃は観光業にとって一番厳しい時期だったのではと思います。

大山:何せ当時の訪日観光客はまだ400万人くらいでしたから。昨年のインバウンドは3000万人と言われていますから、もう規模が比較にならないほど違いますよね。

笠間氏:インバウンドもなかったし、観光産業自体ともかく下り坂の時期でした。大型宴会の需要がなくなって、一昔前の団体旅行、大型宴席を前提に作られた大きなハコを持つ大型温泉旅館の経営が一気に傾いた為で、まさに鬼怒川や川路はその典型例でした。

当時は、「売上10億円に対して借金40億円」といったレベルの凄まじい債務超過の旅館ばかりで、温泉街がどんどん廃墟だらけになっていくようなありさまでしたから、必然的にあの頃の旅館再生は、基本的にバランスシートに着目する形で行われていました。

バランスシートを改善する手法は、そこから数年くらいが花盛りで、ファンドも盛んに出資を行っていましたよね。しかし、結局それではダメだった。本質的な問題はバランスシートではないということに皆が徐々に気付き始めたんです。

大山:過大債務を整理し、バランスシートを軽くしただけでは根本的な解決法にはならないのは今も昔も一緒ですね。私は元々M&A畑の人間でしたから、法的整理と同時に予め選定しておいたスポンサー企業による抜本的な経営改善を行うという、今でいうところのプレパッケージ型再生を専門にしていました。

いわばM&Aという外科手術の専門医みたいなものでしたが、笠間先生は、当時は内科の専門医的なスタンスとしても活躍されていましたよね。

笠間氏:10年以上さまざまな旅館を見てきて実感しましたが、結局は、「これが正解」という王道のセオリーはなく、各旅館の状況を鑑みて、それぞれ違う処方箋を出すことが大切だと考えています。

例えば6年前、東北の高級旅館と築数十年の老朽化した旅館の2つを持っているお客様の再生を手掛けたことがあります。まさに文字通りの“再生案件”で、「ボロボロの旅館の方はもうどうにもできないかもね」などという話にもなっていたほどです。

そこで「なんとかならないか」と要請され、夕食・朝食付きから、朝食のみの運営への改革を行いました。朝食のみの提供だと従来のやり方よりも手間がかからないため、運営コストを低く抑え、安価で部屋を提供できます。こうした気軽さが再評価され、海岸沿いという立地ということもあって、バイクのツーリング客やビジネスマンなどからの需要がアップしたのです。結果として収益が改善し、最終的にはなんともう一つの高級旅館よりも稼げるようになりました。

大山:それは凄い。確かに一見ボロボロに老朽化した旅館は潰すかお金をかけて改装し単価アップを狙いたくなるものですが、そうじゃなくて古いならオペレーションを改善して安い単価で出せば、それなりのお客様がちゃんとつく、という訳ですね。

私は外科医、笠間先生は内科医という処方箋の差こそあれど、単にバランスシートを軽くするだけでなく、販売戦略やオペレーションなど経営の根幹の部分に切り込んでいかなければ企業の再生はなしえないという点は全く同じだと思います。

 

事業承継という難題のまえに、まず旅館が考えるべきこと

 

大山:地方の旅館っていうのは、いわば先祖代々続けてきた家業という側面が強く、後継者がいないと即事業の継続に支障をきたす、という側面がありますよね。

とはいえ、身内をなんとか育てるにしても、従来の家業のままでは今後生き残ること自体難しいと思います。笠間先生ならその辺りはどのようにアドバイスされますか?

笠間氏:そうですね。確かに経営者の高齢化が進んでいて、経営者が70代、80代で事業承継が近々のテーマとなっている旅館は増えていますね。しかし、おっしゃるとおり、いざ事業承継しようという際に、もとの女将や支配人がやってきたことをそのまま真似るだけではおそらく成功しないでしょう。そういう旅館には「伝統も大切ですが、まず時代に合わせた変化を受け入れる必要があります」とお伝えします。

例えば、「サービスを売りにしている老舗の旅館だが、施設が劣化している」という場合、サービスレベルを維持したとしても設備の老朽化に伴い送客が減り、結局客単価を維持できずにいつか破綻してしまいます。これでは継承も何もありません。

客単価を維持しようと思ったら、施設の老朽化の進行に伴って、どんどん業務を効率化し、オペレーションを改善していかなければいけません。ところが実はこれがなかなかオーナーさんや従業員の方々の理解を得るのが難しいのです。

大山:確かに一般に旅館はプライシング戦略が下手すぎですね。大型旅館は空気を留めるよりはマシだとばかりに安売りをして、自分で自分の首を締めている。一方で老朽化した旅館は既に高い単価を取れるハコではなくなっているのに、以前の高単価時代のオペレーションを変えずに、利益率がどんどん落ちていたりしますね。

笠間氏:そうです。例として挙げるなら、例えば食事の部屋出しです。それこそひとつひとつの部屋に食事を届ける部屋出しは典型的な旅館の特徴ともいえます。しかし、これはオペレーションの負担が大変大きいサービスです。

それにもかかわらず、「何十年もやっているのでなかなかやめられない」という旅館は少なくありません。しかも最近のお客様は部屋食をそれほど求めていなかったりします。こうしたミスマッチを改善し、より効率的な方法にシフトしていく必要があります。

大山:確かに、特に若者は食事の部屋だしを嫌いますね。まだ寝ていたいのに朝早く起こされて、布団を片付けられて、食卓の前に座らされる。一体どんな罰ゲームなのかと(笑)

私が経営に携わっていたホテルも部屋のクラスにもよりますが、基本朝食をバイキングにする一方で、そのメニューを5倍以上に充実させることでお客様の評価が一気に上がり、エージェントからの送客数が大きく増えた経験があります。結局、以前やっていたことを変えたくない、というのが業績悪化の要因というケースは多いですね。

笠間氏:実際問題として、経営者だけではなく、従業員も変化することを歓迎していない場合も多いのです。皆プライドを持ってやってこられた訳ですから、それはそれでわかるのですが、生き残るためにはそう言ってもいられないということを理解してもらわなければなりません。

そういえば、変化の受容という観点から見れば、IT化が遅れている旅館は特に要注意です。オーナーが高齢なために、IT化したくてもなかなかできないという旅館も少なくありませんので……。

大山:昔なら送客はエージェントや観光案内所に頼れば済みましたが、今やネットによる送客の割合は非常に大きいですからね。私の例だと250室の大型温泉旅館で、20年前はネット送客がほぼ0だったのが、今では60%を超えるくらいになっています。

笠間氏:はい。また、集客以外の場面でもIT化は必要不可欠です。かつて私が担当していた旅館では、毎日模造紙に次の日の部屋割りを書いているところもありました。100部屋もある大きな旅館なので、かなりの手間がかかっていたと思います。

大山:たとえ大規模であっても、システム化ができていない旅館は意外とありますよね。特にフロントと予約システムは大型旅館の命綱のようなものですし、ここに手を入れるだけで経営効率は全く違ってくるのですが、ともかくこのI T化が全然ダメなところが多すぎです。

笠間氏:そこが弱い旅館は本当に多いです。いまだに予約システムがデータ化できていないところや、サイトコントローラーという在庫管理の仕組みさえ、うまく活用できていないところなどたくさんあります。ここでいう在庫というのは空き部屋のことですが、旅館には部屋タイプがたくさんあるので、うっかりしているとじゃらんや楽天、JTBなどで過大に在庫を売ってしまい、オーバーブッキングになることがあるのです。この管理には最低限のネットスキルが必要になります。逆にいえばIT化が遅れている老舗旅館は、いくらでも経営改善の方法があるとも考えられます。

大山:以前、どう考えても再起不能だと思い依頼を断った旅館があったのですが、なんと若い後継者が徹底したIT化を断行して経営を立て直したんです。今はI T企業の経営者であるはずの私がいうのもなんですが、正直当時の私でさえ、こんなに変わるとは思わなかった。地方の旅館にはそういう改革が必要だし、I T化は大きな経営改善のチャンスですよね。

色々な旅館の事例を見てきましたが、正直IT化の話に限らず、「昔ながらの旅館を維持しよう」ということにこだわりすぎるのには、もう無理があるんじゃないかと思います。特に家族経営の旅館にとって、どんなに部屋数が多かろうが、株式会社になっていようが、家業であって企業ではないことが多いものです。今、旅館業界で起こっている問題の多くは、かつての家業が企業に移り変わろうとしている、その狭間から生じているように思います。

笠間氏:そうですね。地方の小規模旅館には家族経営のところも多いですが、そういうシステムもだんだんと成立しなくなってきている。オーナーが365日働かないと成り立たないわけですから、オーナー家族はプライベートの時間を持つこともままならない。これでは息子や娘が働きたいと思うはずがない。

そうなると誰につがせるにしろ、オペレーションやサービスのあり方を改善することが必須なのです。結局、過大な個人の労務提供を前提とした古い経営手法は、今後成り立たなくなる可能性が高いですから。

大山:その観点からいくと、実はこの業界にとって、事業承継、特にM&Aによる全く色のついていない第三者への承継は、業界や経営を変える一大転機になるような気がするのです。

旅館はその地域の地縁や血縁と密接に絡んでいることが多く、歴史が長いところが多い。最も歴史の長い業界であるということは、最も遅れた業界になりがちなのですが、だからこそ、ちょっと経営の仕方を変えただけで、一気に人気が出るような面白さがあります。見方を変えれば、旅館の事業承継はまさにその逆転のための大きなチャンスの時期と言えるのではないでしょうか。

 

後編に続く。