ノウハウ

2019.02.15

株式投資で重視されるROE。でも中小企業M&Aでは重視されない、その理由とは。

▼M&Aにおいては、その企業の価値を計算して、企業譲渡金額の基礎とします。事業価値の計算には、純資産法、現在価値法などがありますか、株式購入の重要指標と言われるROEは、中小企業M&Aにおいては実はあまり重視されません。株式購入、つまり企業買収・引継ぎも、同じような投資と思われるのに、なぜでしょうか。今回はこの点についてご説明します。

 

 

ROEの基本知識

 

ROEとは、Return On Equityの略で、日本語では、自己資本利益率または株主資本利益率と呼びます。

その計算式は、

株主資本利益率(ROE)=純利益÷株主資本額の百分率表示

たとえば、株主資本が1億円である企業が、純利益1000万円を計上すれば、ROE=10%となります。このように、企業の株主資本の有効利用の度合いを示すのがROEとなります。

簡単に説明すれば、ROE5%の企業に、投資家が100万円投資すれば、年間5万円の利益が期待できるということになります。期待できるのは、投資先の利益であり、株式への配当ではありませんので、この5%をそっくり株主がもらえるわけではありませんが、この指標が高いほど、投資に有利と考えられます。

このように、株式市場では投資先企業選択に重要な指標であるのに、M&A、特に中小企業M&Aでは、あまり重要視されておりません。それは、実態の反映が十分でないということです。ROEは貸借対照表の二つの数字を比較したものですが、この数字が計上されるまでの過程に問題があるのです。特に、創業者(家)が株式のすべてを握るオーナー企業は、恣意的にこの二つの数字を作ることができます。

この点について、M&A対象企業の、財務の視点、オーナーシップ構造の視点、税務の視点から検討してみましょう。

 

中小企業の財務の視点

 

企業や事業の必要資金は、株主から預かった資本金だけで賄うわけではありません。貸借対照表は、左側のお金の使い途(資産)と右側のお金の調達方法(負債と資本)で構成されています。左の貸方と右の借方の数字が一致するので、負債が大きくなれば、資本が小さくなります。負債が小さくなれば、資本が大きくなります。

ROEは利益額を資本の額で割ったものですので、負債が多いほど、分母である資本が小さくなり、資本効率がよく見えます。必要資金を融資などの負債で調達するほうが、ROEは良くなります。逆に無借金経営下では、ROEは良くないということになります。無借金経営、つまり安定し財務的に健全な中小企業ほどROEは良くないのです。

企業の財務では、負債と資本のバランスは、金融機関や債権者が企業に与える与信限度で決定されます。しかし、未上場の中小企業においては、金融機関の融資可能額(与信額)は、オーナーの私的な不動産など、企業活動と直接関係のない信用で変動します。オーナー個人への与信が大きいと、会社も大きな融資が受けられ、その結果、必要資本の額が低下して、見かけ上ROEは非常に良い数字になります。

このように中小企業の負債と資本の構成は、純粋に事業を反映しているとは言えないのです。そして、資産と負債の合計(総資産)がある程度限られるので、より財務的安定性を求めると内部留保を増やして借金を返済していく、つまりROEが小さくなるように経営することが健全とされているのです。

また、M&Aの結果、オーナーの個人的信用が反映しなくなった場合に同じ融資額になるかは分からない(買主が自己資金で融資を全額弁済するかもしれませんし、買主が企業であれば連結での与信がより大きくなり融資を増やすかもしれません)ので、ROEも大きく変動することも考えられます。

 

中小企業のオーナーシップの視点

 

企業のステークホルダー(利害関係者)は、株主、経営者、従業員、顧客、取引先、債権者や金融機関など多岐にわたり、基本的にそれぞれが独立しています。しかし、中小企業においては、株主、経営者、従業員が三位一体的に同一人物、同一の家計にある人々で構成されるケースが多くみられます。

ROEは株主が自ら拠出した資本金がどれだけの利益を生むかという指標ですが、三位一体的な中小企業では、企業活動で生み出された実質的な利益額の配分方法を恣意的に変動させることができます。給与や報酬、あるいは合法的な範囲内での経費の付け替えなどです。自分の投資の果実を、株式配当だけでなく、各種の経理操作を駆使して、極大化できるということです。

三位一体の未上場の中小企業では、株主保護という視点は意識されません。従って、M&Aでオーナーシップが変化すれば、利益額そのものが変化することが多いのです。これでは、純粋な株主資本利益率が算定できるか、確信がもてません。

 

税務の視点

 

税務も中小企業のオーナーにとっては、重要な視点になります。中小企業のオーナーにとっては、自らの税金も企業の税金も、税金に変わりなく、公私合計の納税額を減らす節税を目指します。これもまた、ROEを歪める原因となります。ここでは、経費の付け替え、給与・報酬、株式配当に対する税務の視点から検討しましょう。

 

経費の付け替え

 

交際費、車両運搬費、旅費交通費、家賃などの費目に、オーナーの私的部分を混入させていることがあります。もともと正確に分類するのが容易でない項目です。限度を超えた私的流用は税務署の否認対象となりますが、実態としては、かなりの流用が行われていると考えるのが自然です。

経費の付け替えは、税務否認されない限り、会社の納税額が節税されることになり、オーナー自らも利益を享受できますので、大きくモチベーションが働きます。

また、経費付け替えではありませんが、オーナーが迂回会社(医療法人におけるMS法人など)を利用して、原価を大きく計上することも可能です。会社の利益の一部を家族の会社などに利益移転することです。迂回会社のコミッション分、原価が増大され、法人税等が減額されます。また迂回会社の規模(年商)を小さくすることにより、消費税を益税化することも可能です。

M&A後は、このようなオーナー流用部分がなくなると考えられますが、引継ぎ前の利益は、この部分が損金(利益減少費目)として含まれていますので、見かけの利益は少なく認識されます。

 

給与・報酬による経費計上

 

自ら勤務しているオーナーは、給与を受給することが可能です。給与は、損金計上ですので、給与の増額は、会社の利益を減額させる一方、自らの所得税を増額するので、経費の付け替え操作よりは、モチベーションは下がりますが税務否認の対象にはなりません。

所得税は累進税(収入が大きくなれば税率も大きくなる)ですので、家族などを社員に起用して、所得税総額を節税することも行われることもあります。家族の雇用に関しては、青色申告にも規定があり、商習慣的にルールの悪用という感覚はありません。

役員報酬部分に関しては、「定期同額給与」「事前確定届出給与」「利益連動給与」の扱いを行うことにより、経費化あるいは損金算入が認められます。オーナー企業には、利益連動役員報酬は認められませんが、定期同額あるいは事前確定で損金化できます。

M&Aに際しては、標準的な給与額以上のオーナー受領分は、実質利益に加えますが、M&A検討段階のROE算定には含まれていません。

 

 

株式配当の視点から

 

株式配当は、法人税の支払い後に行うもので、損金算入の対象にはなりません。また、オーナーにしても、未上場会社の配当収入は申告分離課税を選択することはできません。要するに、会社も自分も税金を払うことになります。最後の選択肢と言って良いでしょう。

以上の税務の観点からも、オーナーにとって、会社の純利益を増大しようというモチベーションは全く出ません。節税に励めば、純利益は減少します。これもROEの信頼性の低下につながるのです。

 

ROEは中小企業M&Aでは指標として不十分

 

・ROEは企業の純利益を株主資本で割った指標です。

・中小企業においては、総資産が限られるため、資本を厚くする方が健全

・同様に、利益も圧縮する傾向にあります。

・従って、中小企業のROEは分母も分子も恣意的になりがちです。

以上、中小企業の事業継承的M&AにROE指標が重視されない理由をご説明しました。